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佐保神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
佐保神社
佐保神社社殿
所在地 兵庫県加東市社777番地
位置 北緯34度54分58秒 東経134度57分53秒 / 北緯34.91611度 東経134.96472度 / 34.91611; 134.96472座標: 北緯34度54分58秒 東経134度57分53秒 / 北緯34.91611度 東経134.96472度 / 34.91611; 134.96472
主祭神 天児屋根命天照大神大巳貴命[1]
社格 県社
創建 垂仁天皇23年
例祭 10月16日
地図
佐保神社の位置(兵庫県内)
佐保神社
佐保神社
佐保神社 (兵庫県)
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佐保神社(さほじんじゃ)は、兵庫県加東市にある神社[2]。旧称、坂合神社[3]。北播磨有数の神社として知られ、旧社町門前町として発展した[4]

概要

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紀元前76年垂仁天皇23年)の創建と伝えられ、当時は加西市の鎌倉峰[5]に鎮座されていた。奈良時代初頭の722年養老6年)に阿倍野三郎太夫なる老人に神託があり、現在の場所に遷された[2]

鎌倉時代には北条政子が佐保神社を崇敬し、本殿の再建と四方内外に檜木造の鳥居八基を建立させた[2]

当時の鳥居は現存しないが、西の内の鳥居は石造りに変わり、現在も社町鳥居地区に残っており、「鳥居」という地名はこれに由来する[2]

戦国時代の争乱にて社領は荒廃し1547年(天文16年)には火災で神殿をすべて焼失する。その後、勧進僧らの尽力よって[6]1564年(永禄7年)に神殿が再建された。しかし往時の壮観は望むべくもないといわれている[誰?]

江戸時代には、代々将軍家より朱印状を授けられ社領十石を賜り、1881年(明治14年)県社に指定された[2]

現在の建物は1747年延享4年)に再建されたものである[2]

涌羅野山慈眼寺

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明治の神仏分離令以前には古義真言宗の寺院、涌羅野山慈眼寺が神宮寺としてあった[7][8]

当時の神社境内には仏教設備として鐘楼、護摩堂、薬師堂があった[9][10]

塔頭寺院筆頭である持寶院の創立が白雉年間と伝わり[11]、史実であるとすれば慈眼寺の創設はそれ以前となる。

古義真言宗本末帳によると、「高野山寶城院末」として、「御朱印10石寺中分配、加東郡社村涌羅野山慈眼寺之中三宇」とあり、「慈眼寺之中、持寶院、末寺4宇」「善龍院、末寺1宇」「一乗院、末寺2宇」等とある[8]

播磨鑑には「涌羅山慈眼寺、社僧、善龍院、持寶院、松林院[12]」とある[13]

明治維新の折に慈眼寺は廃寺となり、現在は持寶院と善龍院のみ残っている。佐保神社にあった仏教関連の品は一部持寶院に移された[14]

御嶽山清水寺との関係

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清水寺の鎮守六所の中、佐保三所を勧請している[15]

「神崎兵部撰佐保大明神社記」に「大道年中、法道仙人同国御嶽山清水寺開基の節、山荒くしてなやすくひらきかたきにより、三社大明神に祈願し、千日の日参をつとめ当山開基の守護を祈り給ひしに、難なく山を開き給う。依って清水寺根本堂の左に社を建て、云々」とある[16]

また「佐保社勧進帳」に「播州佐保社勧進沙門敬白」として清水寺松之坊の僧が勧進の文を書している[6]

祭典日

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  • 4月16日 - 湯立神事あり[2][1]
  • 10月体育の日の前日 - 秋祭[2][1]
絢爛豪華な屋台・獅子舞などが奉納される[4]
  • 10月16日 - 秋大祭[17]

歴史

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社格で旧加東郡の唯一の県社であった[18]

脚注

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  1. ^ a b c 八百万の神 - 佐保神社”. 2019年12月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 兵庫県神社庁公式サイト - 佐保神社”. 2019年12月28日閲覧。
  3. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 543. 2020年3月24日閲覧。
  4. ^ a b 加東市観光協会 - 佐保神社『佐保の秋祭り』”. 2019年12月28日閲覧。
  5. ^ 現在の天台宗寺院、蓬莱山普光寺。「播磨鑑」に「鎌倉寺は普光寺の奥の院なり云々。本尊は普光寺の尊像にして、脇立は天照太神、春日大明神なり」とあり。
  6. ^ a b 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 549(上段、下段). 2020年3月24日閲覧。
  7. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. pp. 706 - 708. 2020年3月24日閲覧。
  8. ^ a b 古義真言宗本末帳第11、播磨国”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 50(コマ). 2020年3月24日閲覧。
  9. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 546(下段). 2020年3月24日閲覧。
  10. ^ 鐘楼堂は今も境内にある。
  11. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 707(下段). 2020年3月24日閲覧。
  12. ^ 松林院は古義真言宗本末帳には見当たらず。御嶽山清水寺末寺の竹之坊か。
  13. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 546(上段). 2020年3月24日閲覧。
  14. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 708. 2020年3月24日閲覧。
  15. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタル. p. 544. 2020年3月24日閲覧。
  16. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 553(下段). 2020年3月24日閲覧。
  17. ^ 佐保神社
  18. ^ 加東郡誌”. 国会図書館デジタルコレクション. p. 542. 2020年3月24日閲覧。

外部リンク

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