信貴山口駅
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信貴山口駅* | |
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駅舎 | |
しぎさんぐち Shigisanguchi | |
所在地 | 大阪府八尾市黒谷六丁目154 |
所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
電報略号 | シキ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面1線(信貴線・鋼索線とも) |
乗車人員 -統計年度- |
(全日)742人/日(降車客含まず) -2019年- |
開業年月日 | 1930年(昭和5年)12月15日 |
乗入路線 2 路線 | |
所属路線 | J 信貴線 |
駅番号 | J14 |
キロ程 | 2.8 km(河内山本起点) |
◄J13 服部川 (0.8 km) | |
所属路線 | Z 西信貴鋼索線 |
駅番号 | Z14 |
キロ程 | 0.0 km(信貴山口起点) |
(1.3 km) 高安山 Z15► | |
備考 | * 1948年 - 1957年の間は東高安駅 |
配線図 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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信貴山口駅(しぎさんぐちえき)は、大阪府八尾市黒谷六丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)の駅。鉄道線の信貴線と鋼索線の西信貴鋼索線との接続駅である。駅番号は信貴線がJ14、西信貴鋼索線がZ14。
歴史
[編集]- 1930年(昭和5年)12月15日:大阪電気軌道(大軌)信貴線の山本(現在の河内山本) - 当駅間および信貴山電鉄鋼索線の当駅 - 高安山間の開通と同時に開業[1]。
- 1931年(昭和6年)10月29日:信貴山電鉄が信貴山急行電鉄に社名変更し、同社と大軌の共同使用駅となる[2]。
- 1941年(昭和16年)3月15日:大軌が参宮急行電鉄との合併により関西急行鉄道(関急)となり、同社と信貴山急行電鉄の共同駅となる[1]。
- 1944年(昭和19年)
- 1948年(昭和23年)7月1日:東高安駅に改称[3]。
- 1957年(昭和32年)3月21日:再び信貴山口駅に改称[3]。旧・信貴山急行電鉄鋼索線が近鉄西信貴鋼索線として営業再開[1]。
- 1967年(昭和42年)12月20日:大阪線との直通運転(日中は普通・ラッシュ時間帯は準急)を廃止し、線内折返し運転となる。
- 2007年(平成19年)4月1日:PiTaPa使用開始[4]。
駅構造
[編集]駅舎を中心に、北方向に信貴線ホーム、東方向に鋼索線ホームがL字状に伸びている地平駅。改札口は1ヶ所のみで、信貴線・鋼索線の共用。従って、信貴線と鋼索線の乗り換えは改札を出ることなく可能となっている。
近鉄八尾駅管理の有人駅で、PiTaPa・ICOCA対応の自動改札機および自動精算機(回数券カードおよびICカードのチャージに対応)が設置されている。
- 信貴線ホーム(河内山本方面[5])
- 2面1線の櫛形ホーム。普段は西側のホームが乗降車用である。多客時は東側ホームを降車用、西側ホームを乗車用としている。
- 2線時代の跡も残っているが、いつ頃1線に縮小されたかは不明である。
- 西信貴鋼索線ホーム(高安山方面[5])
- 信貴線ホーム同様頭端式2面1線。但し南側のホームは平常時は使われておらず、北側(改札、信貴線のりかえ口から見て左側)のホームのみ使用している。
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信貴線ホーム
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鋼索線ホーム
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鋼索線ホームを山上側から俯瞰
利用状況
[編集]2018年11月13日における1日乗降人員は1,380人である[6]。
近年における1日乗降・乗車人員は以下の通り。
年度 | 特定日 | 1日平均 乗車人員[7] |
出典 | ||
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調査日 | 乗降人員 | 乗車人員 | |||
2000年(平成12年) | 11月 | 7日1,804 | 898 | 1,058 | [8] |
2001年(平成13年) | - | - | |||
2002年(平成14年) | - | ||||
2003年(平成15年) | 11月11日 | 1,754 | 889 | [9] | |
2004年(平成16年) | - | ||||
2005年(平成17年) | 11月 | 8日1,635 | 816 | 981 | [10] |
2006年(平成18年) | - | 960 | |||
2007年(平成19年) | - | 960 | |||
2008年(平成20年) | 11月18日 | 1,612 | 804 | 974 | [11] |
2009年(平成21年) | - | 972 | |||
2010年(平成22年) | 11月 | 9日1,495 | 749 | 926 | [12] |
2011年(平成23年) | - | 884 | |||
2012年(平成24年) | 11月13日 | 1,539 | 760 | 856 | [13] |
2013年(平成25年) | - | 858 | |||
2014年(平成26年) | - | 827 | |||
2015年(平成27年) | 11月10日 | 1,402 | 694 | 802 | [14] |
2016年(平成28年) | - | 795 | |||
2017年(平成29年) | - | 775 | |||
2018年(平成30年) | 11月10日 | 1,380 | 695 | 770 | [15] |
2019年(令和元年) | - | 742 | |||
2020年(令和 | 2年)- | - | |||
2021年(令和 | 3年)11月 | 9日1,114 | - | - | [16] |
2022年(令和 | 4年)11月 | 8日1,244 | - | - | [17] |
2023年(令和 | 5年)11月 | 8日1,161 | - | - | [18] |
駅周辺
[編集]駅周辺は閑静な住宅街となっている。日曜・祝祭日にはケーブルの乗換えや登山客、駅近くの霊園の参拝客でにぎわう。
- 教興寺
- 天照大神高座神社・岩戸神社
- 大阪府道177号東高安停車場線 - 旧駅名の東高安を今も名乗っている。
その他
[編集]- 当駅の駅名は生駒線の信貴山下駅とともに、誤って信貴山駅と呼ばれ混乱を招くことがある。「信貴山駅」を名乗る駅そのものは実際に東信貴鋼索線に存在したが、1983年(昭和58年)に路線とともに廃駅となり、現行の地図上・路線図上には一切掲載されていない。
- 大軌は当初、山本駅から当駅を経由し枚岡駅まで至る路線を「高安線」として申請し、1928年(昭和3年)に免許を受けていた[19]。しかし実際には山本駅から当駅までを信貴線として開業するにとどまり、残る枚岡駅までの区間は1937年(昭和12年)に起業廃止となっている[19]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』 2号 近畿日本鉄道 1、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年8月22日、18-23頁。ISBN 978-4-02-340132-7。
- ^ a b 近畿日本鉄道株式会社『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年12月、190-191頁。全国書誌番号:21906373。
- ^ a b 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 8 関西1、新潮社、2008年、24頁。ISBN 978-4-10-790026-5。
- ^ 『平成19年4月1日から、近鉄主要路線でICカードの利用が可能になります』(pdf)(プレスリリース)近畿日本鉄道、2007年1月30日 。2016年3月13日閲覧。
- ^ a b “駅の情報|信貴山口”. 近畿日本鉄道. 2021年4月17日閲覧。
- ^ 駅別乗降人員 信貴線 - 近畿日本鉄道
- ^ 八尾市統計書
- ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成28年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(令和元年) (PDF)
- ^ 近鉄線駅別乗降人員データ【調査日:令和3年11月9日(火)】 (PDF)
- ^ 近畿日本鉄道 駅別一日乗降人員(調査日:令和4年11月8日(火))
- ^ 近畿日本鉄道 駅別一日乗降人員(調査日:令和5年11月7日(火))
- ^ a b 近畿日本鉄道株式会社『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年12月、85-86頁。全国書誌番号:21906373。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 駅の情報|信貴山口 - 近畿日本鉄道