全日春
全日春 전일춘 | |
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生年月日 | 1941年8月24日(83歳) |
出生地 | 日本統治下朝鮮咸鏡北道 |
出身校 | 南山高級中学校 |
所属政党 | 朝鮮労働党 |
最高人民会議代議員 | |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 2009年3月8日 - 2019年3月10日 |
最高指導者 |
金正日(1994年 - 2011年) 金正恩(2011年 - ) |
朝鮮労働党中央委員会委員候補 | |
在任期間 | 2016年5月9日 - |
在任期間 | 2010年3月10日 - 不明 |
在任期間 | 2010年2月 - 2017年10月7日 |
朝鮮労働党中央委員会副部長 | |
在任期間 | 2006年7月 - 2010年2月 |
全日春 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 전일춘 |
漢字: | 全日春 |
発音: | チョン・イルチュン |
全 日春(チョン・イルチュン、朝鮮語: 전일춘、1941年8月24日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国の政治家。朝鮮労働党中央委員会委員候補。朝鮮労働党39号室長、国家開発銀行理事長などを歴任し、金正日総書記の個人資産を管理したことから金正日の金庫番と呼ばれた[1]。
経歴
[編集]1941年に日本統治下の咸鏡北道で生まれた[2]。南山高級中学校卒業後[2]、1973年に貿易部課長に就任し[2]、1981年1月に政務院対外経済事業部副部長に任命された[2]。1993年1月に政務院対外経済委員会副委員長に転じ[2]、1998年2月に朝鮮労働党39号副室長に任命された[2]。2006年7月には朝鮮労働党中央委員会副部長に任命され[2]、2009年3月9日に実施された最高人民会議第12期代議員選挙で代議員に選出された[2][2][3]。
2010年2月に朝鮮労働党39号室の室長と党中央委員会第一副部長に任命された[4][5]。同年3月20日に開催された国家開発銀行理事会に国防委員会の代表として参加し、理事長に選出された[2][6]。4月8日には中国を訪問し[7]、党39号室が管理する両江道恵山市の金鉱山の採掘権を中国企業に売り渡すと打診した[8]。同年に欧州連合によって制裁対象に指定された[1]。以後は、半年ごとにしか姿を現さなり[9][1]、2012年には更迭説も出た[10]。
2014年3月9日に実施された最高人民会議第13期代議員選挙で代議員に再選され[11]、2016年5月9日に開催された朝鮮労働党第7次大会で朝鮮労働党中央委員会委員候補に選出された[12]。2017年10月7日に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第2回総会で39号室室長を解任された[13]。
その後、全日春の動向が伝えられることは無いが、2019年には娘婿でクウェート大使代理を務めていたリュ・ヒョヌが亡命し、韓国へ入国していたと伝えられている[14]。
脚注
[編集]- ^ a b c 金正日の金庫番が7カ月ぶりの公開活動 デイリーNK 2011年8月8日
- ^ a b c d e f g h i j 전일춘 全日春북한지역정보넷
- ^ 북, 12기 최고인민회의 대의원 687명 발표(명단) 統一ニュース 2009年3月9日
- ^ 北노동당 조직정비…민심,후계 ‘토끼잡기’? デイリーNK 2010年2月4日
- ^ 北, 金正日の「金庫番」労働党39号室長を交替 デイリーNK 2010年2月4日
- ^ 北朝鮮・国家開発銀行が初理事会、理事長に全日春氏 - wowKorea 2010年3月10日
- ^ 北전일춘 이사장 방중..中 투자유치 주력 聯合ニュース 2010年4月9日
- ^ “北、中国で39号室‘金鉱山’投資を打診” デイリーNK 2010年5月4日
- ^ 金正日氏の「秘密資金管理人」が半年ぶりに姿を現わす デイリーNK 2010年12月15日
- ^ 北 ‘김정일 금고지기’ 전일춘 경질 東亜日報 2012年5月18日
- ^ 북, 최고인민회의 13기 대의원 발표 統一ニュース 2014年3月11日
- ^ 北, 당 중앙위원 128명, 후보위원 106명 발표 ノーカットニュース 2016年5月10日
- ^ “북 당 조직지도부장 최룡해, 조평통은 내각 기구 편제” 統一ニュース 2018年1月11日
- ^ “北朝鮮の元クウェート大使代理が韓国に亡命 妻子も同行「子どもにより良い未来を」”. 毎日新聞 (2021年1月25日). 2021年1月25日閲覧。
参考サイト
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国
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