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内田誠 (随筆家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

内田 誠(うちだ まこと、1893年3月10日 - 1955年8月13日)は、日本の随筆家俳人

父は台湾総督内田嘉吉東京出身。1912年東京府立第一中学校卒業を経て東京農業大学卒業。明治製菓宣伝部勤務。部下に藤本真澄戸板康二らがいた。

いとう句会を主催し、俳号を水中亭といった。いとう句会は久保田万太郎を宗匠として渋沢秀雄徳川夢声久米正雄五所平之助堀内敬三らが集い、戦時下も句会を行っていた。徳川夢声は府立第一中学校の同級生だった。

内田の妻は、田辺茂一の妻の妹[1]で、田辺とは義兄弟になる。

著書

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  • 海彼岸 私家版 1929
  • 実際広告の拵へ方と仕方 片岡重夫共著 春陽堂 1931
  • 水中亭雑記 私家版 1933
  • 浅黄裏 文体社 1935
  • 父 双雅房 1935
  • 喫茶卓 双雅房 1936
  • 緑地帯 モダン日本社 1938
  • 銀座 改造社 1940
  • 水中亭句集 春蘭発行所 1940
  • 広重 東洋美術文庫 第47巻 アトリヱ社 1940
  • 遊魚集 小山書店 1941
  • いかるがの巣 石原求龍堂 1943
  • 惚々帳 白鴎社 1947
  • 会社員 有情社 1947
  • 落穂抄 露伴先生に聞いた話 随筆集 青山書院 1948

参考文献

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脚注

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  1. ^ 戸板康二『思い出す顔』(講談社)P.48