コンテンツにスキップ

利用者‐会話:ゆとりすけ

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

「ベイドン山の戦い」の要約欄につきまして[編集]

はじめまして。当方は、Portal:神話伝承において新着記事のチェックのお手伝いをしておりますHana1999と申します。本日新着記事を投稿いたしましたが、チェックの際、ゆとりすけさんが2008年8月27日15:00(UTC)に投稿されたベイドン山の戦いの要約欄に「『ベイドン山の戦い以後』は英語ページからほとんど和訳」とありましたので、念のため確認いたしたくご連絡をさしあげました。

当方はこれを、「英語版のen:Battle of Mons Badonicusから和訳した」という意味に解釈いたしました。仮に当方の理解通りだとしますと、すでにWikipedia:翻訳のガイドラインはお読みになっておられると存じますが、要約欄に翻訳元の版の記入が必要となるかと存じます。

もし見当違いなことを申しあげてしまったのでしたら、このメッセージは削除されて差し支えございません。また特に当方にご連絡されたいことがなければご返事も不要です。--Hana1999 2008年8月31日 (日) 00:11 (UTC)[返信]

申し訳ありません、その辺りの事情を知りませんでしたので、間に合うのかは疑問ですが訂正を入れます。ご指摘ありがとうございます。--ゆとりすけ 2008年8月31日 (日) 05:14 (UTC)[返信]

Hana1999です。さっそく対応してくださりありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。--Hana1999 2008年9月1日 (月) 09:09 (UTC)[返信]

こちらこそ[編集]

はじめまして。師兄など恐れ多いです。でも、お便り本当にうれしかったです。 金庸作品はまだ、4作(『笑傲江湖』『射雕英雄伝』『雪山飛狐』『書劍恩仇録』)しか読んでいません。 武侠小説は登場人物も専門用語も史実もたくさんあるので、調べながら読んでいたのですが、日本語サイトは情報が少ないと感じました。 それならwikipediaを充実させていこうと思い、中国語版を訳しながらコツコツ作業を行っています。 私より詳しい人はたくさんいるでしょうから、そうした人たちが参加してくれればいいなぁ、と思っていたところでしたので、同志の出現にうれしくおもっています。 私の執筆予定ですが、金庸の映像化作品(テレビドラマ、映画、香港のコミック、ゲーム)をふやしていきたいと考えています。 上記4作以外は読んでいないので、ほとんど書けません。そのあたりを増やしていただければ嬉しいです。--Bright Long 2008年9月27日 (土) 11:34 (UTC)[返信]

情報の追加に感謝します[編集]

どうもありがとうございます。 公共の場なので、いろいろな意見があるな、と感じております。詳しく書けば「マニアック」という意見も出ますし・・・。 ただ、日本人でもウォン・カーウァイの映画『楽園の瑕』を知っている人は多いと思いますが、それが金庸の「射雕英雄伝」が原作と知っている人はほとんどいないと思います。 それは、単純に「もったいない」と思うのです。多くの人に金庸の小説の面白さを知ってほしいところです。 とはいえ、wikipediaはさまざまな人が参加していますので、いろいろ意見を取り入れて発展に貢献できればと考えています。--Bright Long 2008年10月10日 (金) 09:26 (UTC)[返信]

シャルル・ダルタニャンについて[編集]

Noenoeと申します。私のノートにお問い合わせくださり、ありがとうございます。結論のみ記述すると、私の勘違いでした。詳しくはお問い合わせいただいた、私のノートページを参照ください。特に問題がなければ返答は不要です。この項目もゆとりすけさんに連絡するために、一応記述しただけなので、勝手に削除していただいて構いません。--Noenoe 2008年11月2日 (日) 14:10 (UTC)[返信]

初めまして、光舟と申します。「狂えるオルランド」を興味深く拝見しました。ところでこの記事は英語版からの抄訳ではないでしょうか。英語版は斜め読みしかしていませんが、特に「成立と発表」あたりが気になりました。私の勘違いであれば申し訳ありませんが、もし抄訳(あるいは抄訳を含んでいる)であれば、いまのうちにしかるべき処置をしていただいた方が後々もめなくてむような気もします。よろしくお願いします。--光舟 2008年12月19日 (金) 13:35 (UTC)[返信]

スイマセン、こないだ注意されたばかりなのに忘れてました。抄訳を含めいくつかの部分参考にしてあります。ご注意ありがとうございます。--ゆとりすけ 2008年12月19日 (金) 13:58 (UTC)[返信]

前回の私の書き込みが不明瞭だったようで申し訳ありません。しかるべき処置というのは「今回の場合初版投稿の時点で翻訳元の指定、言語間リンクともに存在しないので、翻訳のガイドラインによると削除対象とならざるを得ないと思うので、ご自身で削除依頼を出されてはいかがでしょう」ということです。その上で GFDL を満たした形で再投稿していただけないでしょうか。ご検討お願いします。--光舟 2008年12月19日 (金) 14:16 (UTC)[返信]
ではそうします。不明瞭と言うか、ちょっと言いにくいニュアンスことを言わせてしまって申し訳ない。一度このくらいの失敗をしておいた方が次から間違えないようになるから丁度いい機会でした。
ついでに内容を推敲するなどしておきます、ご迷惑おかけしました。--ゆとりすけ 2008年12月19日 (金) 14:30 (UTC)[返信]

黯然銷魂掌について。[編集]

こんにちは。 黯然銷魂掌に対する黄薬師の評価ですが、中国語版でも’内力’とはなってません。 剛柔の剛の技の最高峰「降龍十八掌」に匹敵する雄渾な力、との最高の賛辞を贈ったのではないでしょうか。 ですので内力と表現すると、技ではなく、楊過自身の内功・内力の強さの評価になってしまうと考えました。 どうでしょう。

以上、署名のないコメント--クモクモ氏2009年6月20日 (土) 05:39
確認しましたが、ご指摘のとおり「力」になっておりました。私の方で訂正しておきます。おそらくは『神雕侠侶』のドラマ版か何かの設定と混同したのだと思いますが、類似のミスが自分で気づいた部分でも新たに数箇所発見し焦っているところです。
今回は御丁寧にノートに記入いただきましたが、少なくとも私の編集分はノートで確認を取らなくても、編集の要約欄で記載してくだされば充分です。かなりミスもあると思いますので。
それから、形式上の注意ですが、ノート記入の際には署名が必要となります。編集画面上のツールのうち、右の方のニョロニョロしたやつをクリックすれば簡単に入れられますよ。詳しくはコチラでWikipedia:署名
最後に「独孤求敗」の記事で「神雕」を「大鵰」に訂正なされてましたが、日本語訳では「神雕」だし、ネット上で原文見ても「神雕」でした。この部分は前の方が良いと考えるのですが、いかがでしょう?--ゆとりすけ 2009年6月21日 (日) 08:49 (UTC)[返信]
すみません。クモクモです。マナー違反エチケット違反署名無しに返事ありがとうございます。長い間の放置など、本当に申し訳ありませんでした。楊過・小龍女の編集をしてみました。時間があるようでしたら添削お願いします。神雕・大鵰の件ですが、独孤求敗は「雕を友とす」と雕と記しているので、私としては大鵰がいいのではと。--クモクモ 2009年8月26日 (水) 03:22 (UTC)[返信]
いえいえ、私や知人がやった数々の著作権違反やって記事を削除にするレベルに比べれば、クモクモさんのマナー違反など問題にはなりませんよ。ただ、訳者が楊過について「権力にことごとく牙をむく反逆児」と評しているのに「意外にも礼儀正しい」というのはどうかな、と感じた程度で「再開」など訂正してくださって感謝しております…。「雕」についてはやはり地の文自体が「神雕」としているので、私としては「大雕」より「神雕」かなと思いますが、そのくらいでしょうかね。
とりあえず、楊過の武功部分に内部リンクの調整、小龍女の武功に軽く軽く手を加えさせて頂きました。
金庸関係の記事はほとんど私を含め2人という少人数で作ってきたので、チェック不足による間違いも多いと思います。どうか、他の記事についてもお励みなさいますように。--ゆとりすけ 2009年8月26日 (水) 12:01 (UTC)[返信]
こんばんは。さっそく対応してくださりありがとうございます。
楊過についてですが、訳者がそんなこと言ってたんですね。作中、全真教と敵以外には礼儀正しいです。黄薬師ですら、楊過がまず非礼を詫びたことで、更に楊過を気に入りました。ドラマ版は神鵰侠時代と18歳時の対比のためなのか、いろいろ酷いですが…。ワシは神雕で統一されるのでしたら、こちらから編集することはありません。すみませんが編集よろしくお願いします。個人的には、欧陽鋒の父と呼べに「侮蔑のニュアンス」が引っかかります。楊過の顔立ちを気に入ったからこその息子になれのはずです。中国語版では明確に侮蔑を含んでいるのでしょうか。
誤字など見つけたらこっそり編集させていただきます。思い入れのないキャラの項目は、過小評価してしまいそうなのでいじりません・・・。--クモクモ 2009年8月27日 (木) 10:36 (UTC)[返信]
礼儀正しいとかは事実でなくて評価の問題ですからね。敵にも礼儀正しかった袁承志やら郭靖とくらべると私の中では反逆者のイメージなんですけど、しょせんは主観だし、客観性に欠けますから。実際、「全真教と敵と以外には礼儀正しい」、と言われてしまえばそのとおりなのですからね。
「父と呼べ」、はその他金庸作品、というか中国語でよくある罵倒表現(神雕侠侶だけでも楊過が初対面の郭靖に対しニイラオツと名乗って小馬鹿にする、2巻の英雄大宴で楊過がクドゥに対しお爺様と呼ばせたりして罵倒)なので余事記載として書きました。が、あの場面において欧陽鋒が罵倒の意志を持ってなかったようですし、余事記載として削るか誤解のないように表現をかえるかしてもいいかもしれません。神雕にしても放置してたし、間違ってるわけでないからあまり無理に変える気はないんですよ。ドラマ版では「ワシの兄貴」とか呼んでいたし、細かい表現はあんまりこだわるつもりはないです。
我ながら覇気の全くない返信ですが、ちょっと編集合戦にはトラウマがあるもので…。--ゆとりすけ 2009年8月27日 (木) 11:41 (UTC)[返信]