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利用者‐会話:195.93.60.130

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野田さん
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先日、戦後日本音楽史に関する書籍をようやく手にする機会があり、上下巻のうち特に下巻の記述が面白く、西風さん・菅野先生に関する紹介があり参考にいたしました。
本年2月に出版されていたようです。野田さんに触れる個所はありませんでしたが、戦後の風俗・流行とともに音楽表現の傾向・発展がクロニックに編集されており、音楽理論・作曲方法の啓蒙はなかなか難しいものだと感じました。
  • 野田作品の正確なアナリーゼはできませんが、野田演奏は優雅さよりも純粋な作曲技法の追求を主眼に置いているようです。--直ちゃん 2007年5月23日(水)

野田君はまだまだ30歳過ぎの新進作曲家であり、本に載る機会はしばらくないと思います。しかしながら本に載るのらないにかかわらず、どの作曲家・作品が残る・残らないことは終世わからないものであることをご了解してください。それは現在演奏されてまたはされないクラシック音楽も同様な事です。事実ナクソスCDなどで残らなかったまたは復刻された作品というのが無数に出てきて再評価がされているではありませんか。確かに野田君が今後も素晴らしい作品を書き「残る」という保証は全くありませんが、現在の段階ではWikipediaにはこれ以下の作曲家も無数に紹介されていることから、一応記述として残しておいても問題が無い物と思われます。「純粋な作曲技法の追求」はそれはそれで問題はありません。彼が今後どう変わるか・変わらないか知りませんが、僕はひたすら客観的記述のみに勤めているつもりです。野田君には楽譜を通算して2回送らせました。一回ではほんとにこういうとこで紹介出来るのかまだまだ疑わしいからです。また音はどうでもいいのですが彼は自主的に送ってきました。その外に彼の現代音楽の知識力やコンクール暦などを加味して、ここで少しだけ作風を分析して記述するには問題はないと判断したものです。--195.93.60.3 2007年6月6日 (水) 09:32 (UTC)[返信]

もちろんです。(先生と共に)若い才能の開花を見届ける幸せを分かち合いましょう。専門外ながら、誇りをもって応援させていただいております。---直ちゃん 2007年6月11日 (月) 02:06 (UTC)[返信]

それなのに今でも無駄な出典要請などを悪戯に貼る人が後を経ちません。一番問題になるのは彼自身が学生時代のことを書いた最初のエピソードでしょう。ただこれは単なる宣伝行為とは思われないのでそのままでも良いと思います。もしこれが嫌な人は「エピソード」の欄でも作って移してはどうでしょう。ちなみに僕は先生業は一切断ってやっておりませんので、普通に~さん付けで良いと充分思います。--195.93.60.3 2007年6月12日 (火) 10:49 (UTC)[返信]

ここの「利用者‐会話:195.93.60.130」も更新があるまでこちらのPCに出ないようにすることはできない物でしょうか?うんざりで時間の無駄だと思います。--195.93.60.3 2007年6月12日 (火) 10:54 (UTC)[返信]