利用者:ぬるぽん/test
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花本正三 | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 島根県 |
生年月日 | 1963年1月3日(61歳) |
身長 | 165cm[1] |
体重 | 48Kg[1] |
血液型 | B[2][1] |
騎手情報 | |
所属団体 | 岐阜県地方競馬組合 |
所属厩舎 | 伊藤強一[1] |
勝負服 | 胴青・白山形一本輪、袖白[2][1] |
初免許年 | 1979年 |
免許区分 | 平地競走 |
G1級勝利 | 0 |
経歴 | |
所属 | 山岡恒一(高知)[2][3] |
花本 正三(はなもと しょうぞう、1963年1月3日[2][1][4] - )は日本の騎手。2012年現在地方競馬の笠松競馬場を拠点に活動している。
来歴
[編集]初騎乗は1979年[4]10月20日[2][1]、益田競馬場[4]。高知競馬場への移籍[4]後、1991年5月25日に地方競馬通算1000勝を達成[5]。高知では「重賞仕事人」との異名をとった[2]。
2007年、4月から6か月間笠松競馬場で期間限定騎乗を行い[6]、期間中の9月24日に地方競馬通算2000勝を達成した[5][4]。この期間限定騎乗が契機となり[7]、11月に笠松へ移籍した[8][3]。
おもな騎乗馬
[編集]- トキノステイム(1983年オールジャパンリーディングジョッキー[9][5][2])
- イチヤ(1995年長尾鶏賞、南国王冠[2][4])
- イブキライズアップ(2004年高知県知事賞[10][5])
- エーシンアクセラン(2010年サマーカップ[7])
親族
[編集]息子の花本龍一(はなもと りゅういち、1988年12月31日[11][12][13] - )も騎手となった[12]。地方競馬教養センター騎手課程(第84期生)修了[14]後、2006年9月29日付けで地方競馬の騎手免許を取得[11]。福山競馬場に所属し[12][13]、同年12月3日に初勝利を挙げた[13]が、同年12月24日を最後にレースへの騎乗が途絶え、その後騎手免許を返上し引退した。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h “騎手名鑑 花本 正三”. 岐阜県地方競馬組合. 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 橋口浩二「Jockey's Profile 高知競馬場」『ハロン』、地方競馬全国協会、1998年6月、7-8頁。
- ^ a b “花本正三騎手が笠松に移籍”. netkeiba.com (2007年11月6日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b c d e f g “高知の花本正三騎手、地方通算2000勝達成”. netkeiba.com (2007年9月24日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b c d “笠松競馬場ニュース「花本 正三 騎手 通算2000勝を達成!!」”. 岐阜県地方競馬組合 (2007年9月). 2012年9月5日閲覧。
- ^ “高知の花本正三騎手、笠松で期間限定騎乗”. netkeiba.com (2007年4月11日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b 赤見千尋 (2010年6月14日). “花本正三騎手!!”. 赤見千尋のRedView. オッズパーク. 2012年9月5日閲覧。
- ^ “笠松競馬場ニュース「騎手移籍に関するお知らせ」”. 岐阜県地方競馬組合 (2007年11月). 2012年9月5日閲覧。
- ^ 「全国公営競馬ニュース」『優駿』、日本中央競馬会、1983年10月、147頁。
- ^ “高知県知事賞、イブキライズアップ快勝”. netkeiba.com (2004年12月31日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b “平成18年度第2回調教師・騎手免許試験の新規合格者発表”. 地方競馬全国協会 (2006年9月20日). 2009年8月31日閲覧。
- ^ a b c “2世騎手・花本龍一騎手がデビュー”. netkeiba.com (2006年10月29日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ a b c “全国競馬情報「12月3日(日)『濱口楠彦騎手(笠松)、WSJSでJRA初勝利を挙げる』他」”. 競馬実況Web. 日経ラジオ社 (2006年12月4日). 2012年9月5日閲覧。
- ^ “地方競馬教養センター 教養センター便り「第84期 修了式&86期・厩務課程1期 中間査閲」”. 地方競馬全国協会 (2006年). 2007年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月31日閲覧。