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利用者:赤の旋律/下書き/印欧祖語の語根

印欧祖語の語根では、印欧祖語における語根について記述する。語根は語彙的意味をもつ最も単純なの単位、いわゆる形態素である。印欧祖語の語根はたいてい「食べる」や「走る」といった動詞的意味を持っている。語根が単独で現れることはない。動詞や名詞、形容詞といった完全に屈折される単語はこの語根に新たな形態素をつけることで作られる。

語の形成[編集]

典型的には、語根(root)に接尾辞(suffix)を足すことで語幹(stem)が作られ、さらに屈折的接尾辞(ending)を足すことで語が作られる[1]

例えば、*bʰéreti[2]「彼は運ぶ」は、語根*bʰer- ('bear'「運ぶ」)、接尾辞*-e-(未完了)、屈折的接尾辞*-ti(3人称単数現在形)の3つの要素に分解できる。[3]

接尾辞がないことがしばしばあるが、これはゼロ接辞とみなされる[4]。ゼロ接辞を持つ語は「語根動詞」や「語根名詞」と呼ばれる。この基本的な構造の他に、現在時制を示す鼻音接中辞と、多くの文法的派生的意味をもつ接頭辞の一種である畳音が存在する。[5]

定形動詞[編集]

ゼロ接辞を含む動詞的接尾辞は時制に関する文法的情報を伝えるが、これら2つの区別はあまり明確ではない。現在形とアオリスト形は広く認められているが、他の相を認めるかに関しては議論がある。4つののうち、接続法希求法の2つもまた接尾辞によって形成されるので、*bʰér-e-e-ti > *bʰérēti「彼が運べばよい」のように、接尾辞が連続することがある。この例では、最初の*eは現在形を表し、2つめは接続法を表している。[6] 重畳によって現在形と完了形を表すことができる[5]

動詞的屈折接辞は人称についての情報を伝える。命令法には固有の屈折接辞が存在する[7]

名詞と形容詞[編集]

名詞はたいてい語根か動詞語幹が元となり、それらに接尾辞をつけるなどの方法で形成される。これは名詞として訳されることの多い語根についても成り立つ。例えば*ped-母音交替と語尾によって'to tread'「歩く」、'foot'「足」のどちらの意味にもなりうる。ただし、*agʷn-o-「子羊」や*h₂ster-「星」といったいくつかの名詞は動詞語幹に由来しない[8] 。どちらの場合でも、名詞の意味はその語幹によって与えられる。については屈折的接尾辞によって伝えられる。

形容詞についてもたいていは動詞的語根に接尾辞をつけることで作られる。例えば*ǵn̥h₁tós*ǵn̥h₁-tó-s「作られた」は語根*ǵenh₁-「作る」から作られている。形容詞には名詞と同じ屈折接辞がつく。

不定形と分詞[編集]

不定形は動詞的名詞であり、他の名詞同様接尾辞によって作られる。娘言語から再建された不定形接尾辞(*-dʰye-, *-tu-, *-ti-など)が実際に使われていたかは不明である。[9]

分詞は接尾辞によって作られる動詞的形容詞である。例えば、能動態未完了相とアオリスト分詞には接尾辞*-ent-が、完了相分詞には*-wos- が、中動態分詞には*-mh₁no-もしくは*-m(e)no-が使われる。 [10]


語根の形[編集]

基本的な形として、印欧祖語の語根は1つの母音とそれに先行または後続する子音から成り立つ。ごくまれな例を除いて、語根は持つ子音によって完全に特徴づけられる。母音に関しては、屈折や派生にしたがって変化することがありうる。つまり、語根*bʰer-は文法的な状況に応じて、*bʰor-や長母音*bʰēr-*bʰōr-、あるいはゼロ階梯*bʰr-など異なった形で現れうる。この変化はアップラウトと呼ばれる。

言語学的な研究では、*eが母音交替した他の形態の代表として使われる。いくつかの再建手法では*aが代表として用いられるが、*aが区別できる母音として存在したかには議論がある。Indo-European ablaut: a-gradeを参照のこと。母音の両側には1つ以上の子音が並ぶ。先行する子音はオンセットと呼ばれ、後続する子音はコーダと呼ばれる。

オンセットとコーダには少なくとも1つの子音が含まれ、語根がアプラウト母音で始まったり終わったりすることはできない。従ってもっとも単純な語根は1子音のオンセットと1子音のコーダからなりたつ。このような単純な語根は多くみられる。例えば、 *deh₃「与える」*bʰer「運ぶ」*dʰeh₁「置く」*dʰew「走る」*h₁ed「食べる」*h₂eḱ「鋭い」*ped「歩く」*sed「座る」*wes「着る」などがある。 語根は複数の子音から成り立つより複雑なオンセットやコーダを持つこともある。例えば、 *dʰwes「呼吸する」*h₁rewdʰ「赤」*h₂erh₃「耕す」*h₃reǵ「まっすぐな」*leyǵ「縛る」*prews「凍らせる」*srew「流れる」*swep「寝る」*wleykʷ「湿らせる」など。 子音の数は、*strengʰ「撚る」に見られるように、最大で5つであると思われる。[11]

初期の印欧祖語研究者は母音で開始したり終止する語根をかなり再建した。[12] 母音で終止するものは必ず長母音を持つが (例えば*dʰē-「置く」*bʰwā-「育つ」*dō-「与える」)、母音で開始されるものにはこの制限はない(*ed-「食べる」*aǵ-「追い立てる」*od-「匂う」)。喉音理論によってこの振る舞いは説明できる。つまり、母音の後ろに喉音を再建することで母音が長母音化し、母音の前に喉音を再建することで母音は短母音となると考えられる。この再建法は前述の規則に従っている。[13]


聞こえ度[編集]

語根のオンセットやコーダが子音を複数含む場合、それらの子音はそれぞれの聞こえ度によって整列させられなければいけない。聞こえ度は母音で最大となり、オンセットでは漸増、コーダでは漸減しなければならない。

印欧祖語語根では、子音を聞こえ度の大小によって3つの主なクラスに区別している。[14]

  1. 唇音ではない共鳴音*l, *r, *y, *n。まとめてRとして表される。
  2. 唇音である共鳴音*w *m。まとめてMとして表される。
  3. 阻害音。まとめて*Cで表される。これには以下の3つの下位グループが含まれる。

以下の規則が適応される。

  • 主母音に近い子音は、主母音から遠い子音に比べて高い聞こえ度をもたなければならない。つまり、オンセットではCMRの並び、コーダではRMCの並びである必要がある。したがって最長の語根形はCMReRMCとなる。これ以外の聞こえ度順を持つ語根、**mter-**resl-などは認められない。
  • オンセットもしくはコーダでは、各クラスから現れてよい子音は一つのみである。したがって、**wmek-**lekt-**peyl-といった語根は認められない。


阻害音群[編集]

オンセットやコーダの阻害音位置(*C)には、複数の阻害音を置くことができる。この場合も一つの下位グループから現れて良い阻害音は一つだけである。つまり、複数の喉音、歯擦音、破裂音を一つの阻害音位置に置くことはできない。

阻害音位置内での整列規則はやや異なっており、全体の聞こえ度階層とは一致しない。

  • *sは破裂音の前にしか出現できない。したがって*speḱ-「従う」、*steh₂-「立つ」、*strew-「広げる」は正当な語根であるが、**tser-**ḱeps- は誤りである。オンセットでは、破裂音は*sの前では必ず無声化される。[要説明]
  • 喉音は、喉音以外の阻害音のいずれの前にも現れうる。例としては、*keh₂p-*peth₂-「飛ぶ」が挙げられる。[要説明]

いくつかの語根では、s-mobileという珍しい現象が起きる。s-mobileとは、ある形態では*sが前につくのに、他の形態ではつかないという現象である。特定のパターンはないように思われ、時には*sのある形態とない形態が同じ言語で並んで使われることさえある。[15]

さらなる制約[編集]

印欧祖語は、語根での似た子音2つが同時に使われることを避けるという、汎言語的な制約に従っている。特に、2つの有声破裂音を含む語根(**ged-)や2つのわたり音を含む語根(**ler-)は見つかっていない。

2つの摩擦音鼻音、わたり音を持つ語根(*h₂eh₃-, *nem-など)はいくつか再建されているが、まれである。ただし有気破裂音の有声・無声音については例外となっており、これらは比較的よく共起する(例えば、*peth₂-「飛ぶ」、*dʰegʷʰ-「燃やす」)。特に、2つの有声有気音を持つ語根は、偶然による確率より2倍以上現れている。[16]

さらなる制限として、有声の有気音と無声の破裂音を含む語根(**tebʰ-)を、後者が語頭の子音群で*sの後ろにない限りは、禁止している。[11]*DʰeDʰ-形の語根が豊富なことと併せて考えると、この分布は、語根内で無声破裂音が有声有気音と隣り合った時に前者が後者に同化するという、前印欧祖語での変化が制限されたものによるのではないかと提案されている。[16]

例外[編集]

母音交替する*eを使っては再建できないような語根、例えば*bʰuH-「なる」などが存在する。このような語根は**bʰweH-のような形のゼロ階梯として見ることができ[17]、故に音素配列のルールに従っていると言える。

*pster-「くしゃみする」や*pteh₂k-「かがむ」など、いくつかの語根はこれらのルールに従っているようには思われない[14]。これは印欧祖語の音素配列論に関する理解が足りないか、間違った再建が行われたせいかもしれない。例えば*pster-は、この語根に由来すると考えられる語は擬音によるものであり、この語根は印欧祖語には全く存在しなかったかもしれない[18]

ソーン群とは、歯音(*t *d *)と軟口蓋破裂音(*k *g * など)が連なっているものを指す[19]。印欧祖語の音素配列論におけるソーン群の役割はわかっていない。*dʰgʷʰei-「死ぬ」といった語根は音素配列のルールに反しているように見えるが、至極一般的である。

辞書的意味[編集]

再建された語根の意味は、慣習的に動詞的である。印欧祖語文法においては、「語根」と「動詞語根」はほぼ同義語である。これは、印欧祖語のいわゆる名詞語根の数は限られていることも去ることながら、確立されている形態論的音韻論的な仕組みを通じて、語根が大きく動詞的屈折に関わっていることによる。文証された娘言語における再構形の意味の不一致をもたらした意味変化のせいで、語根の意味は必ずしも直接再建できるわけではない。多くの名詞と形容詞は動詞語根から母音交替と接尾辞によって派生されたものである。

いずれにせよ、いくつかの語根は動詞から派生することなく存在していた。前述の名詞語根の他に、最も大事なものは形容詞的意味を持ついわゆるCaland rootである。これらの語根は一般に、接尾辞*-u-とともにプロテロキネティックな形容詞を、*-ró-と幹母音形容詞を、*-i-と複合的な語幹を形成した。この中には、少なくとも*h₁rewdʰ-「赤い」、*h₂erǵ-「白い」、*dʰewb-「深い」、*gʷreh₂-「重い」が含まれる。[20]

動詞的語根は生得的に未完了相か完了相であった。語根の生来の相から動詞を作るには、動詞活用語尾が語根に直接つけられた。幹母音を伴うことも、伴わないこともあった。「他の」相に関しては、en:Proto-Indo-European verbにかかれているように、必要があればいわゆる「特徴づけられた」語幹になるだろう。「特徴づけられた」語幹は後裔諸言語間で異なることが多く、印欧祖語本来には存在していなかったことを示していると思われる。

新たな語根の作成[編集]

印欧祖語やその初期の後裔諸言語では、語根が新しく作られることは時折あった。様々な作成方法が観察される。

語根の拡大[編集]

語根の最後に、多くは破裂音だが、1つか2つの音を足すことで新たな語根を作る。この場合、語根の意味は変化しないようで、異なる後裔言語間で異なる語根形が使われることになる。この拡大の原因や機能はわかっていない。[11]

*(s)tew- から以下が再建できる。

共鳴音の音位交代[編集]

語根に共鳴音が含まれる場合、その共鳴音がアプラウト母音の前に置かれるか後ろに置かれるかについてのゼロ階梯はあいまいである。話者がこのような語根を「間違った」方法で解釈することがあり、故にいくつかの語根が、すでに存在する語根の共鳴音位置を替えることで作られた。

以下はこのような語根の例である。どちらも「増加させる」「大きくする」を意味する。

  • *h₂weg- > ゴート語 wahsjan, 古代ギリシア語 aéksō.
  • *h₂ewg- > ゴート語 aukan, ラテン語 augeō,リトアニア語 áugti.

語根「空」に関わる例である。

  • *dyew- > 古代ギリシア語 Zeus, ラテン語 diēs, サンスクリット語 dyú.
  • *deyw- > ラテン語 dīvus, 古プロシア語 deiwis, サンスクリット語 devá.

脚注[編集]

  1. ^ Fortson (2004:76)
  2. ^ アスタリスクは、直接文証されてはいないが、他の言語学的資料に基いて再建された形態を示す。
  3. ^ All examples of PIE roots are taken from Rix (2001) and Fortson (2004).
  4. ^ Fortson (2004:108)
  5. ^ a b Rix (2001:14–21)
  6. ^ Fortson (2004:81–83)
  7. ^ Fortson (2004:83–85)
  8. ^ Fortson (2004:116, 302)
  9. ^ Fortson (2004:97)
  10. ^ Fortson (2004:97–98)
  11. ^ a b c Fortson (2004:70–73)
  12. ^ Pokorny (1959)
  13. ^ Meier-Brügger, Fritz & Mayrhofer (2003, L 321)
  14. ^ a b Rix (2001:5)
  15. ^ Fortson 2004, p. 76.
  16. ^ a b Cooper, Adam. 2011. Stop Co-Occurrence in the Proto-Indo-European Root: A New Perspective. Proceedings of the 39th Meeting of the North East Linguistic Society.
  17. ^ Rix (2001:98–99)
  18. ^ Mallory & Adams (1997:133)
  19. ^ Fortson (2004:59–60)
  20. ^ Ringe (2006)

参考文献[編集]

  • Brugmann, Karl; Delbrück, Berthold (1886). Grundriß der vergleichenden Grammatik der indogermanischen Sprachen 
  • Buck, Carl Darling (15 June 1988). A dictionary of selected synonyms in the principal Indo-European languages: A contribution to the history of ideas (Reprint edition). University of Chicago Press. ISBN 0-226-07937-6 
  • Fortson, Benjamin W., IV (2004). Indo-European Language and Culture. Blackwell Publishing. ISBN 1-4051-0316-7 
  • Jasanoff, Jay (2003). Hittite and the Indo-European Verb. Oxford University Press. ISBN 0-19-928198-X 
  • Köbler, Gerhard (1980) (German). Indogermanisches Wörterbuch [Indo-European Dictionary]. http://www.koeblergerhard.de/idgwbhin.html 
  • Mallory, J. P.; Adams, D. Q. (1997). Encyclopedia of Indo-European Culture. Routledge. ISBN 1-884964-98-2 
  • Meier-Brügger, Michael; Fritz, Matthias; Mayrhofer, Manfred (2003). Indo-European Linguistics. Berlin; New York: Walter de Gruyter. ISBN 3-11-017433-2 
  • Pokorny, Julius (1959). Indogermanisches etymologisches Wörterbuch. French & European Publications. ISBN 0-8288-6602-3 
  • Ringe, Don (2006). A Linguistic History of English part 1: From Proto-Indo-European to Proto-Germanic 
  • Rix, Helmut (2001). Lexikon der indogermanischen Verben. Dr. Ludwig Reichert Verlag. ISBN 3-89500-219-4 
  • Watkins, Calvert (14 September 2000). The American Heritage Dictionary of Indo-European roots: Second Edition. Houghton Mifflin. ISBN 0-395-98610-9 

外部リンク[編集]