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利用者:赤の旋律/下書き/音素

音素(おんそ、: phoneme)とは、言語学音韻論において、客観的には異なるであるが、ある個別言語のなかで同じと見なされる音の集まり。

音素は次の特徴を持つ。

  • 弁別的 (: distinctive) な価値を持つ。すなわち、音素の違いは意味の違いをもたらす。
  • ある音素の実際の音価は、その周囲の音的環境から予測可能である。

場合によっては子音母音半母音をまとめて分節音素: segmental phonemes[1]、またそうした分節音素を越えて見られる要素、つまり声調イントネーションを含む音の高さ: pitch)、強勢またはアクセント連接英語版: juncture)をまとめて超分節音素: suprasegmental phonemes)と総称することがある[2][注 1]

研究史[編集]

ヘンリー・スウィート

クルトネ

ソシュール、プラーグ学派

ブルームフィールド

チョムスキー

音声と音素[編集]

音声表記と音素表記はいずれもよく用いられ、俗には混同されることが少なくないが、両者間には明確な違いがある。 以下に表の形で違いを対照しておく。

音声表記 音素表記
記述対象 人類が発するあらゆる言語音 対象とする一言語の、話者が認識している言語音
意図 言語音をありのままに記述し、記述したものから正確に音声を再現できること。
→ 網羅的に、精密に、客観的に。
対象となる言語の音声を解釈・整理し、「話者が認識している音」の連なりとして再構成してみせること。
ひいては、その言語の音韻構造、さらには統語構造などに内側から光をあてること。
→ 話者の直観にかなう形で、かつ合理的に、体系的に。
記号の定義 国際音声学会により国際音声記号としてあらかじめ定義されている。
その数は150個以上。補助記号つきも数えれば、さらに数倍になる。
言語ごとに慣例的におおむね決まっているが、研究成果に応じて研究者が改訂を試みることも可能。
記号の数は対象言語の音素数に等しい理屈だが、多くの場合たかだか数十個。

日本語 「人格者」
[ʥĩŋ̍kakɯ̥ɕa] - 音声表記は [ ] でくくって記述する。
※厳密さの度合いなどによって異なる表記もあり得る。
/zinkakusja/ - 音素表記は / / でくくって記述する。
※解釈や流儀により異なる表記もあり得る。

このように、音声表記がきわめて普遍的な性質をもち、他言語の音声同士を比較するようなことも頻繁に行われるのに対し、音素表記は個々の言語内でそれぞれに定義され完結しているもので、言語同士の比較に耐えるようなものではない。 したがって、たとえば日本語の音素表記で /h/長音「ー」の記号として用いられることが多いが、別の言語ではこれが子音 [ħ]音標に使われているとか、日本語、中国語フランス語イタリア語/r/ がそれぞれ全く違う音に聞こえる、とかいったことが起こるが、そもそも他言語の音素表記同士を比較すること自体が無意味なことなのである。

多数の音標を扱わざるを得ない音声表記が独自の特殊な記号をあらかじめ多数用意しているのに対し、音素表記では記号の数は比較的少数で済むため、特殊な記号に頼る必要が比較的少ない。 日本語の [ɯ][ɾ] をそれぞれ /u//r/ で記述するなど、扱いやすくて直観的にもわかりやすい「普通のアルファベット」を多用するのが一般的である。

音素の認定方法[編集]

音はさまざまな条件のもとで異なって発音されるが、言語話者によって同じ音だと認識される場合、それぞれの音は音素が同じということになり、それぞれの音はある音素の異音と呼ぶ。ミニマル・ペアを使うことによってその言語がもつ音素の範囲が特定できる。

例えば、日本語の音素/h/は、/a, e, o/の前では無声声門摩擦音[h]であるが、/i/の前では無声硬口蓋摩擦音[ç]、/u/の前では無声両唇摩擦音[ɸ]となる。これらの音はそれぞれ/h/の異音である。

上記の例のような異音は必ず決まった条件のもとで現れ、ある音が現れるときはそこに別の音が現れない。このことを相補分布しているといい、このような異音を条件異音という。またある言語では無気音の[k]有気音[kʰ]で意味を弁別して両者は異なる音素として現れるが、日本語では/k/が有気音であっても無気音であっても意味を区別しない。よって[k][kʰ]は日本語の音素/k/の異音であるが、その現れる条件は決まっていないので自由異音と呼ばれる。

ただし、ミニマルペアと相補分布だけで音素は判断できず、音声の類似性も重要である。たとえば英語では 音節頭にしかない [h] と音節末にしかない [ŋ] は相補分布しミニマルペアを持たないが、音声に類似がないため同じ音素とはみなされない。

音素文字[編集]

音素をそのまま文字として表記するものを、音素文字と呼ぶ。音素文字には、子音あるいは特定の音節を表す基本字母に、母音を表す特殊記号を付加、または字形を変形して一般の音節を表記するアブギダ、子音のみで構成されるアブジャド、そして母音と子音をあらわす文字のあるアルファベットの3つの種類がある。現代において使用される音素文字は、純粋なアブジャドであるフェニキア文字から派生したと考えられている。フェニキア文字はギリシアへ伝わって母音をあらわすアルファベットであるギリシア文字へと変化し、ラテン文字キリル文字などの文字を生み出した。また、フェニキア文字の変化したアラム文字インドへと伝わり、世界初のアブギダであるブラーフミー文字を生み出した。この文字の一派はデーヴァナーガリー文字タイ文字など多くの文字を生みだし、現代においても南アジアから東南アジアにかけての多くの文字はアブギダに属するものとなっている。純粋なアブジャドは現代においては使用されていないが、アラビア文字ヘブライ文字などは純粋ではないがアブジャドに属する。また、音素文字、特にアルファベットは母音も子音も表記する文字があることから表記法を策定しやすく、19世紀以降世界各地の無文字言語が文字を導入する際にはほとんどがアルファベット、なかでもラテン文字を導入した[3]

表意文字である漢字を使用する中国や、音節文字である仮名文字と漢字を併用する日本などいくつかの文化圏を除いて、現在世界において使用されている文字のかなりが音素文字に属するものである。アルファベットはヨーロッパを中心に南北アメリカ大陸やオセアニアにおいて使用され、アブギダは南アジアから東南アジアにかけて広く使用され、アブジャドは中東で主に使用されている。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお湯川 (1999:46)のように強弱や高低の違いを「超分節的音特徴」や「アクセント」と呼称し、「音素」という表現を用いていない場合も見られる。

出典[編集]

  1. ^ 田中ら(1982:55, 64)。
  2. ^ 田中ら(1982:72–74)。
  3. ^ 『図説 世界の文字とことば』 町田和彦編 19頁。河出書房新社 2009年12月30日初版発行 ISBN 978-4309762210

参考文献[編集]

  • Bybee, Joan. (2001). Phonology and Language Use. Cambridge: Cambridge University Press.
  • 田中春美、樋口時弘、家村睦夫、五十嵐康男、倉又浩一、中村完、下宮忠雄 共著 (1982).『言語学演習』大修館書店。ISBN 4-469-21101-X
  • 湯川, 恭敏『言語学』ひつじ書房、1999年。ISBN 4-89476-113-0 

関連項目[編集]