「編集」する、ということ
通りすがりのあなたへ
削除主義でも包摂主義でもあって、同時にそのどちらでもないeditorialismってのがあるかも、と思う今日この頃。一番大切なことは誤解を恐れずに言えばルールなんか忘れること。一番見たいのは樹木がのびのびと育っていくことであって、大樹枯れて大道*ありなんてのは、面白くないので。そんなことのためにキーボード叩いてるほど暇はないので。Creative Commonsは、著作権法やGFDLとかをいくらかじったって陽の目を見ることはないので。それだけは、はっきりしているのであって。なんかおかしくなってる。この国。個人情報保護法以来。なのでなおのこと、editorialismが気になるわけで。
大道廃 有仁義
智慧出 有大偽
六親不和 有孝慈
国家昏乱 有忠臣
顕然一如:名の由来
剣禅一如とするつもりが、誤変換。そのままに。意味ありげで実はないのに意味ありげなアレゲなところが気にいりますたいったので。記事項目にもありそうで、オーバーライドしようかとも思ったが。利用者ページ作ってあれば問題はないことにあとで気づく(本当にいいのか、今度ためしてみようかと)。
バベル |
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Template:User 2c-0
- html-3
- <html><body><p>この利用者はHTMLを自在に操ります。</p></body></html>
xml-3
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<article>この利用者はXMLを自在に操ります。</article>
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- js-2
- alert("この利用者はある程度の JavaScript を理解しています。");
cpp-2
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std::cout << "この利用者はある程度のC++を理解しています。" << std::endl;
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php-1
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echo "この利用者は簡単なPHPを理解しています。";
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言語別の利用者 |
To do
- editorialismの項目記事作成
- 剣禅一如の項目記事作成