利用者:Citrus1032/sandbox4
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ロックレリーフ(英: rock relief)あるいは ロックカットレリーフ とは、崖などのそのままの状態の岩に直接レリーフ(浮き彫り細工)を施す、美術技法のひとつである。彫像などの、岩から分離された作品や、自然が作り出した地形はこれに含まない(インドのロックカット洞窟遺跡のように、洞窟内にあるものは、人工物かそうでないかに関わらず、ロックレリーフとは呼ばれない。)
ロックレリーフは、人類の歴史において様々な文明でみられ、特に古代オリエント文明における作品は重要とされている。これらの作品は、一般的に大きく作られており、等身大以上のものや、何倍もあるものもある。
ロックレリーフを用いた作品は、基本的にそれらが作られた時代や文化に関連している(但しヒッタイトとペルシアを除く)。作品の多くは水平方向に立体的だが、鉛直方向に立体的となっているものも見つかっている。
エジプト
[編集]有史以前のエジプトではペトログリフが主流であったが、エジプト美術の中にロックレリーフはあまりみられない。
エジプトのアブ・シンベル神殿には、紀元前2010年に死去したエジプト中王国の初代ファラオであるメンチュヘテプ2世の肖像が、ロックレリーフを用いて彫刻されている。
アブ・シンベル神殿が水没を免れるため、アスワンからナセル湖のほとりに移設される前は、神殿の周囲に現在よりも多くの彫刻が施されていたが、移設に伴いその一部が切り取られている。
ヒッタイト・アッシリア
[編集]ヒッタイトはロックレリーフを多用しており、その作品の多くは比較的著大である。これらは、統治者の宣布や占有地の主張、境界線の明示を目的としたものではなく、ヒッタイト人同士の繋がりを表すために作られたとされている。また、ヒッタイト帝国時代以前より、ロックレリーフの施されている場所は神聖で重要な場所とされている。
ヤズルカヤ遺跡では、ヒッタイトの都であったハットゥシャのちょうど手前に、天然の岩で区切られた開放的な部屋があり、仕切りとなっている岩石にはレリーフがみられる。これらの部屋は、公共の場所としてではなく、統治者などの位が高い人達の私的な空間として利用されていた。壁のレリーフは、王室の男性が槍や弓、剣などの武器を持っていたことを示している。