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利用者:Don-hide/下書き場1

図 1. モナ・リザの画像を平行四辺形に変換したところ。画像の中にある上向きの矢印 (赤色) は変化していないのに対し、ななめ右上を向いた矢印 (青色) は方向が変化している。この赤い矢印がこの変換における固有ベクトルであり、青い矢印は固有ベクトルではない。ここで赤い矢印は伸張も収縮もしていないので、この固有値は 1 である。このベクトルと平行なすべてのベクトルは固有ベクトルである。ゼロベクトルも含めて、これらのベクトルはこの固有値に対する固有空間を形成する。

線型代数学において、線型変換の特徴を表す指標として固有値 (Eigenvalue)固有ベクトル (Eigenvector) がある。与えられた線型変換の固有値および固有ベクトルを求める問題のことを固有値問題 (Eigenvalue problem) という。ヒルベルト空間論において線型作用素 あるいは線型演算子 と呼ばれるものは線型変換であり、やはりその固有値や固有ベクトルを考えることができる。固有値という言葉は無限次元ヒルベルト空間論や作用素代数におけるスペクトルの意味でもしばしば使われる。

定義[編集]

空間の線型変換回転鏡映拡大・縮小剪断、およびそれらの任意の合成)は、それがベクトルに対して引き起こす影響によって視覚化することができる。ベクトルは一点から他の点へ向かう矢印によって視覚化される。

  • 線型変換の固有ベクトルとは、その変換後に単に大きさが定数倍されるだけの影響しか受けない(倍率が 1 ならまったく影響を受けない)ベクトルのことである。
  • ゼロでない固有ベクトルに対応する固有値とは、その固有ベクトルが変換で定数倍されるその倍率のことである。
  • 線型変換の固有値とは、その線型変換のゼロでない固有ベクトルに対応する固有値のことである。線型変換の固有値に対し、それを固有値として持つような固有ベクトルを、その固有値に属する固有ベクトルと呼ぶ。
  • 線型変換の、与えられた固有値に対応する固有空間とは、その固有値に属する固有ベクトル全体にゼロベクトルを加えたものの成す部分ベクトル空間のことである。
  • 固有値の幾何的重複度とは、その固有値に対応する固有空間の次元のことである。
  • 有限次元ベクトル空間上の線型変換のスペクトルとは、その変換の固有値全体の成す集合のことである。無限次元の場合はもう少し複雑になって、スペクトルの概念はそのベクトル空間の位相に依存する。

例えば、三次元内の回転変換の固有ベクトルは回転軸の中に位置する。この固有ベクトルに対する固有値は 1 で、対応する固有空間は軸に沿うベクトル全体の成す空間を全て含む。固有空間が一次元であるから、この固有値 1 の幾何的重複度は 1 であり、スペクトルは実数である固有値 1 唯一つのみからなる。

行列における固有値・固有ベクトル[編集]

n 次複素正方行列 A に対して、次の方程式

を満たす A固有値を固有値 λ に対する A固有ベクトル[1]という。

A の固有値とすると、

であるから、 は自明でない解 を持つ。よって、A の固有値であることと、 が逆行列を持つこと、すなわちであることは同値である。ただし、In単位行列である。

λ についての n 次多項式 固有多項式(または特性多項式)といい、λ についての n代数方程式 固有方程式(または特性方程式)という。

代数学の基本定理により、A の固有多項式は相異なる複素数 を用いて、

と書くことができる。各i に対し、重複度という。

A はこの方程式の根として重複度も込めて n 個の固有値を持つことがわかる。

特に行列 A が実対称(或いはエルミート)の場合、固有方程式は永年方程式とも言われる。また行列 A が実対称エルミートなら固有値は必ず実数となる。

n の値が大きければ固有値問題は数値的対角化手法(→ヤコビ法ハウスホルダー法など)によって解かれることとなる。行列 A が実対称やエルミートでない場合は、これを解くことは一般に難しくなる。

V関数空間である場合には、固有ベクトルのことを固有関数ともいう。

計算例[編集]

1. の固有値・固有ベクトルを求めよ.

(解答)

なので、 を解くと、
に対する固有ベクトルは、
の自明でない解なので、を解くと、となるから、
、特にとして、がとれる。
に対する固有ベクトルは、
の自明でない解なので、を解くと、となるから、
、特にとして、がとれる。

2. の固有値・固有ベクトルを求めよ.

(解答)

なので、 を解くと、(2重解)
に対する固有ベクトルは、
の自明でない解なので、を解くと、となるから、
、特にとして、がとれる。

この2つの計算例から分かることは、n 次正方行列 A はこの方程式の根として重複度も込めて n 個の固有値を持ったとしても、互いに1次独立な固有ベクトルを n 本持つとは限らないということである。詳細は『固有多項式』を参照されたい。

歴史[編集]

現在では、固有値の概念は行列論とからめて導入されることが多いものの、歴史的には二次形式微分方程式の研究から生じたものである。

18世紀初頭、ヨハン・ベルヌーイダニエル・ベルヌーイダランベール および オイラーらは、いくつかの質点がつけられた重さのない弦の運動を研究しているうちに固有値問題につきあたった。18世紀後半に、ラプラスラグランジュはこの問題をさらに研究し、弦の運動の安定性には固有値が関係していることをつきとめた。彼らはまた固有値問題を太陽系の研究にも適用している[2]

オイラーはまた剛体の回転についても研究し、主軸の重要性に気づいた。ラグランジュがこの後発見したように、主軸は慣性行列の固有ベクトルである[3]。19世紀初頭には、コーシーがこの研究を二次曲面の分類に適用する方法を示し、その後一般化して任意次元の二次超曲面の分類を行った[4]。コーシーはまた "racine caractéristique"(特性根)という言葉も考案し、これが今日「固有値」と呼ばれているものである。彼の単語は「特性方程式 (characteristic equation)」という用語の中に生きている[5]

フーリエは、1822年の有名な著書 "Théorie analytique de la chaleur" の中で、変数分離による熱方程式の解法においてラプラスとラグランジュの結果を利用している[6]スツルムはフーリエのアイデアをさらに発展させ、これにコーシーが気づくことになった。コーシーは彼自身のアイデアを加え、対称行列の全ての固有値は実数であるという事実を発見した[4]。この事実は、1855年エルミートによって、今日エルミート行列と呼ばれる概念に対して拡張された[5]。ほぼ同時期にブリオスキ直交行列の固有値全てが単位円上に分布することを証明し[4]クレープシュ歪対称行列に関して対応する結果を得ている[5]。最終的に、ワイエルシュトラスが、ラプラスの創始した安定論 (stability theory) の重要な側面を、不安定性の引き起こす不完全行列を構成することによって明らかにした[4]

19世紀中ごろ、リュービルは、スツルムの固有値問題の類似研究を行った。彼らの研究は、今日スツルム-リュービル理論と呼ばれる一分野に発展している[7]シュヴァルツは一般の定義域上でのラプラス方程式の固有値についての研究を19世紀の終わりにかけて初めて行った。一方、ポワンカレはその数年後ポワソン方程式について研究している[8]

20世紀初頭、ヒルベルトは、積分作用素を無限次元の行列と見なしてその固有値について研究した[9]。ヒルベルトは、ヘルムホルツの関連する語法に従ったのだと思われるが、固有値や固有ベクトルを表すために ドイツ語eigen を冠した最初の人であり、それは1904年のことである。ドイツ語 "eigen" は「独特の」「特有の」「特徴的な」「個性的な」といったような意味があり、固有値は特定の変換に特有の性質というものを決定付けるということが強調されている。英語の標準的な用語法で "proper value" ということもあるが、印象的な "eigenvalue" のほうが今日では標準的に用いられる[10]

固有値や固有ベクトルの計算に対する数値的なアルゴリズムの最初のものは、ヤコビが対称行列の固有値固有ベクトルを求める手法として (ヤコビの提出したヤコビ法(電子計算機が発明されたときにフォンノイマンが発見したと思われたが実際はヤコビが既に述べていた)、 ガウスによる行列の基本変形操作によるヘッセンベルグ形式への還元、などが知られていた)、 1929年にフォン・ミーゼスが公表した冪乗法 (power method) である。今日最もよく知られた手法のひとつに、1961年にFrancisKublanovskayaが独立に考案したQR法がある[11]

参考文献[編集]

和書
  • 守安一峰・小野公輔 理工系の線形代数学入門(サイエンス テキスト ライブラリー=11) , サイエンス社 2003.
  • 平岡和幸・堀玄 プログラミングのための線形代数 , オーム社 2004.
  • 松本和一郎 線形代数入門 -理論と計算法 徹底ガイド- , 共立出版 2007.
  • 長岡亮介 線型代数学 放送大学教育振興会 , 2004.
  • 長岡亮介 線型代数入門講義 -現代数学の<<技法>>と<<心>> - , 東京図書 2010.
洋書
  • John Aldrich, Eigenvalue, eigenfunction, eigenvector, and related terms. In Jeff Miller (Editor), Earliest Known Uses of Some of the Words of Mathematics, last updated 2006-8-7, accessed 2006-8-22.
  • Gene H. Golub and Charles F. van Loan, Matrix Computations (3rd edition), Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1996. ISBN 978-0-8018-5414-9.
  • T. Hawkins, Cauchy and the spectral theory of matrices, Historia Mathematica, vol. 2, pp. 1–29, 1975.
  • Morris Kline, Mathematical thought from ancient to modern times, Oxford University Press, 1972. ISBN 0-19-501496-0.

脚注[編集]

  1. ^ 右固有ベクトルともいう。
  2. ^ Hawkins (1975), §2; Kline (1972), pp. 807+808 を参照のこと。
  3. ^ Hawkins (1975), §2 を参照。
  4. ^ a b c d Hawkins (1975), §3 を参照。
  5. ^ a b c Kline (1972), pp. 807+808 を参照。
  6. ^ クライン (1972), p. 673 を参照。
  7. ^ クライン (1972), pp. 715+716.
  8. ^ クライン (1972), pp. 706+707.
  9. ^ クライン (1972), p. 1063.
  10. ^ アルドリッチ (2006).
  11. ^ See Golub and Van Loan (1996), §7.3; Meyer (2000), §7.3.

解析ソフト[編集]