利用者:Kik/ルベーグ積分
数学において関数の積分はその関数と x 軸の間の図形の面積とみなすことができる。ルベーグ積分(Lebesgue integral)とは、より広い種類の関数が積分できるように拡張したものである。ルベーグ積分においては、被積分関数は連続である必要はなく、至るところ不連続でもよいし、無限大をとることがあってもよい。さらに、関数の定義域も拡張され、測度空間と呼ばれる空間で定義された関数を被積分関数とすることもできる。
このような積分の拡張が必要となった背景には、フーリエ級数等の関数列の極限として表される関数に対して、積分と極限操作が可換となるかどうかをリーマン積分で考えるために非常に繊細な議論が必要だったということがある。この点について、ルベーグ積分では、関数列の極限が被積分関数として適当かどうかを考える必要がなく、積分と極限操作の交換も簡単な十分条件が分かっている(ルベーグの収束定理)。
ルベーグ積分の名前は数学者のアンリ・ルベーグに由来している。
概要
[編集]積分を厳密ななものにしようという動きは19世紀に始まる。ベルンハルト・リーマンが提案したリーマン積分は大きな前進であった。リーマンは関数の積分を「簡単に計算できる積分」で近似することによって定義した。この定義による積分は、それまで解答が知られていた問題に対して予想通りの結果をもたらしたし、他の問題に対しても新しい結果を与えることになった。
しかし、リーマン積分は関数列の極限との相性が悪く、そのような極限と積分が同時にあらわれるような局面では困難な解析を必要とする場合があった。それに対して、ルベーグ積分においては、積分記号のもとでの極限がより扱いやすくなっている。ルベーグ積分ではリーマンとは異なる形の「簡単に計算できる積分」を考えており、このことがルベーグ積分がリーマン積分よりよく振舞う理由となっている。さらに、ルベーグ積分ではリーマン積分より広い種類の関数に対して積分を定義することが可能になっている。例えば、無理数で 0 を有理数で 1 をとる関数(ディリクレの関数)はリーマン積分では積分が定義されないが、ルベーグ積分では積分できる。
ルベーグ積分の構成
[編集]以下ルベーグ積分のよく知られた構成法を示す。この方法は二つの章に分けられる。
- 可測集合と測度
- 可測関数と積分
この二つの章の内容は、直感的には円柱や三角柱の体積を計算する前に底面積を計算し、ついで、高さをかけるという作業に似ている。すべての平面図形の面積を定義するのが最初の章であり、その図形を底面とする複雑な立体の体積を計算するのが第二の章である。
測度論
[編集]当初、測度論は線分、平面図形、立体などの長さ、面積、体積などの精密な解析のために考え出されたものである。特に R の部分集合について、その部分集合の長さとは何かという問いに対して整然とした解答を与えるものであった。 集合論の発展によって、自然な加法性を持ち平行移動不変になるように、R のすべての部分集合に長さを定義することが不可能であることがわかった。このことにより、可測集合と呼ばれる種類の部分集合にのみ長さを定義する必要が生まれた。
当然であるが、リーマン積分においても長さというものを暗黙に使用している。そうではあるが、実際のところは、リーマン積分では長方形 [a, b] × [c, d] の面積が (b - a)(d - c) で計算できることだけを基礎としている。リーマン積分は積分を近似するための「簡単に計算できる積分」として、このような長方形を並べたものだけを使っており、測度に関するより深い議論を必要としなかったのである。
最近の教科書では測度と積分を公理主義的に特徴づけるように書かれている。そのような立場では、測度というのは、集合 E の適当な条件を満たす部分集合の族 X 上で定義された適当な条件を満たす関数 μ であればなんでもよく、E がユークリッド空間であったり、X の元が面積を計算したい図形であったりする必要はないし、μ の値が面積とかけ離れたものでもよい。そこで、ユークリッド空間の図形の面積を与える測度は特別にルベーグ測度という名前がついている。測度が満たすべき適当な条件については測度論の項目に詳しい。
積分
[編集]測度空間として (E, X, μ) が与えられたとする。例えば、E としてユークリッド空間、X をルベーグ可測集合全体、μ としてルベーグ測度などが考えられる。確率論においては測度空間として確率空間を使う。
ルベーグ積分において、被積分関数になる関数は可測関数と呼ばれる関数である。E上で定義された実数値関数 f が可測関数であるというのは、任意の閉区間の f による逆像が X にはいることである。つまり、
が任意の閉区間 [a, b] に対して成り立つということである。閉区間のかわりに R のボレル部分集合を使っても同じである。このように関数のクラスを定めておくと、可測関数の全体からなる集合は代数的な操作に関して閉じていることが分かる。もっと重要なことはたくさんの種類の関数列の極限操作に関して閉じていることである。例えば、可測関数の列 fk に対して
で与えられる関数もまた可測関数になる。とくに、可測関数列が各点収束していれば収束先の関数もまた可測関数である。
可測関数 f に対して、その積分
を以下の手順で構成する。
集合の定義関数の場合: 可測集合 S に対して、S の定義関数の積分を
で定める。これがルベーグ積分における「簡単に計算できる積分」である。
単関数(simple function)の場合: 可測集合の定義関数の有限個の線形結合
で書ける関数を単関数と呼び、その積分を
で定める。
非負関数の場合: 非負可測関数(+∞ も値として許す) f の積分を
で定める。
実数値関数の場合: 実数値可測関数(±∞ も値として許す) f の積分を定義する。まず f を
と分解する。ここで
である。このとき、f+ も f- も非負可測関数である。さらに、
も非負可測関数である。
以上の準備のもとに、実数値可測関数 f がルベーグ可積分であるとは
を満たすことをいい、このとき、
であるから、ルベーグ可積分な実数値可測関数の積分を
によって定める。
直感的な解釈
[編集]積分の定義方法の違いを直感的に理解できるように、山の(海抜より上の部分の)体積を計算する例を考えよう。この山の境界ははっきりと定まっているとする(これが積分範囲である)。
リーマン積分による方法: ケーキを切るときのように、山を縦方向に切り分けて細分する。このとき、各パーツの底面は長方形になるようにする。次に、各パーツで最も標高が高いところを調べ、底面の面積とその標高を掛け合わせる。各パーツごとに計算したその値を足したものを上リーマン和と呼ぶことにする。同様のことを最も標高が低いところに対して行い下リーマン和と呼ぶことにする。分割を細かくしていったときに上下のリーマン和が同じ値に収束するときにリーマン積分可能であるといい、収束先が山の体積になる。
ルベーグ積分による方法: 山の等高線を地図にする。等高線にそって地図を裁断して、地図をいくつかのパーツに分解する。各パーツは面積を計算できる平面図形なので(測度が分かっているので)、パーツの面積とそのパーツの最も低い点の標高を掛け合わせる。各パーツのこの値を足したものを「ルベーグ和」と呼ぶことにする。この「ルベーグ和」はルベーグ積分の構成にあった単関数の積分に相当する。等高線の間隔を半分にしていったときの「ルベーグ和」の収束先が山の体積になる。
例
[編集]有理数体 Q の定義関数 1Qを考える。この関数は至るところ不連続である。
- 1Q は [0,1] 上でリーマン可積分ではない: [0,1] をどのように区間に分割しても、各区間には有理数と無理数の両方が少なくともひとつは入っている。よって、上積分は常に 1 であり、下積分は常に 0 になり、リーマン可積分ではない。
- 1Q は [0,1] 上でルベーグ可積分である: 集合の定義関数の積分は定義より
リーマン積分の限界
[編集]ここでは、ルベーグ積分を使うことによって克服できるリーマン積分の限界について記述する。
フーリエ級数の到来により、積分と極限操作を交換できるための十分条件を考えるという解析の問題がたくさん見つかるようになった。しかし、例えば
が等しくなるための十分条件はリーマン積分の枠組みでは確かめるのが厄介な条件しか得られていなかった。 このことと関連しているが、少し技術的な問題をいくつか示す。
単調収束定理の不成立。前項で書いたように、有理数体の定義関数 1Q はリーマン可積分ではない。とくに単調収束定理が成立しない。なぜかというと、{ak} を [0, 1] に含まれるすべての有理数を並べた数列とする。
によって関数列 fk を定める。各 fk は有限個の点を除いて 0 なので、リーマン積分可能であり、積分は 0 となる。fk は非負可積分関数の単調増大列であり、1Q に各点収束するが、収束先はリーマン可積分ではない。
非有界区間に不向き。リーマン積分は有界区間上で定義された関数にのみ定義されている。これを
として、極限が存在するときに非有界な区間に単純に拡張したとする。しかし、この方法では平行移動不変性を満たさなくなる。f と g がある有界区間 [a, b] の外では 0 であるような関数で、適当な y にたいして、
を満たしているとすると、
となり、平行移動不変性をもっている。一方、上のような広義積分の定義(コーシーの主値という)だと、
のような関数に対して
となり、平行移動不変ではない。
ルベーグ積分における定理
[編集]ルベーグ積分においては零集合の上でのみ異なる値をとる関数を区別しない。正確に言うと、関数 f と g がほとんど至るところ等しいとは
をみたすことであり、
とも書く。
- 非負可測関数(+∞ を許す) f と g がほとんど至るところ等しいならば
- 可測関数(±∞ を許す) f と g がほとんど至るところ等しいならば、f が可積分であることと g が可積分であることは同値であり、可積分のときは積分の値も等しい。
ルベーグ積分は以下の性質を持っている。
線形性: 可積分関数 f、g と実数 a、b にたいして、af + bg も可積分になり
単調性: f ≤ g ならば
単調収束定理: {fk}k ∈ N を非負可測関数の増大列とする。つまり
このとき
が成立する。
注意: 積分が無限大になるものがあってもよい。
ファトゥーの補題: {fk}k ∈ N を非負可測関数の列とする。このとき
が成立する。
この定理においても積分が無限大になるものがあってもよい。
ルベーグの収束定理: {fk}k ∈ N を可測関数の列で f に各点収束するとし、可積分関数 g によって、 任意の k にたいして|fk| ≤ g と上から押さえられているとする。このとき、収束先 f も可積分であり
が成立する。
ルベーグ積分における証明の技法
[編集]ルベーグ積分における証明の技法の例として、単調収束定理の証明の概観を述べる。
{fk}k ∈ Nを非負可測関数の増大列とし、
とする。
積分の単調性から
であることはすぐにわかる。
よって、反対向きの不等式
を示せばよい。
積分の定義に戻って考えれば、単関数 g が
を満たすならば
が成立することを示せばよいことがわかる。
単関数を可測集合の定義関数に分解することで、上のことは g が可測関数の定義関数の場合だけを示せば十分であるから、
- A を可測集合とし、{fk}k ∈ N を非負可測関数の増大列で、ほとんどすべての x ∈ A にたいして
- が成立するものとする。
このとき、示すべきことは
である。
ε > 0 を任意にひとつ固定して、可測集合の増大列を
で定める。
積分の単調性から、すべての n ∈ N にたいして
となるが、仮定から
が零集合の違いをのぞいて成立し、μ の可算加法性から
これが任意の ε にたいして成立するので、結論を得る。
他の定式化
[編集]f を非負の関数とすると、∫ f dμ は f より下の図形の面積となる。ただし、この面積はその図形を μ と R 上のルベーグ測度 λ の積測度 μ × λ 測ったものである。よって、これを使って積分を定義することもできる。
測度論をまったく使わない方法としては、リーマン積分はコンパクトな台を持つ任意の連続関数に対して定まっているので、関数解析の手法を用いることでより一般の関数にこの積分を拡張する方法がある。Cc を R 上定義された実数値関数でコンパクトな台を持つもの全体とする。ノルムをリーマン積分を用いて
により定める。
これにより Cc は線形ノルム空間となる。距離空間の完備化によって完備な空間に拡張したものを L1 とする。この空間はルベーグ可積分な関数からなる空間と(ほとんど至るところ等しい関数は同一視したとして)同型となる。さらに、リーマン積分は Cc 上の連続な線形汎関数であり、Cc は L1 の稠密な部分空間であるから、L1 上の線形汎関数にただ一通りに拡張できる。この拡張はルベーグ積分と一致する。
この方法の問題点は可測関数を完備化により抽象的に得られた空間の点として定めていることであり、この抽象的な点を関数として表現する方法が自明ではないことである。とりわけ、関数列の各点収束と積分との関係を示すことは非常に難しい。
さらに他の方法として、ダニエル積分またはブルバキによるダニエル積分の変形がある。しばしば、ラドン測度による積分と呼ばれる。
Quote
[編集]- "Does anyone believe that the difference between the Lebesgue and Riemann integrals can have physical significance, and that whether say, an airplane would or would not fly could depend on this difference? If such were claimed, I should not care to fly in that plane." Richard Hamming
関連項目
[編集]参考文献
[編集]- R. M. Dudley, Real Analysis and Probability, Wadsworth & Brookes/Cole, 1989. Very thorough treatment, particularly for probabilists with good notes and historical references.
- P. R. Halmos, Measure Theory, D. van Nostrand Company, Inc. 1950. A classic, though somewhat dated presentation.
- L. H. Loomis, An Introduction to Abstract Harmonic Analysis, D. van Nostrand Company, Inc. 1953. Includes a presentation of the Daniell integral.
- H. Lebesgue, Oeuvres Scientifiques, L'Enseignement Mathématique, 1972
- M. E. Munroe, Introduction to Measure and Integration, Addison Wesley, 1953. Good treatment of the theory of outer measures.
- W. Rudin, Principles of Mathematical Analysis Third edition, McGraw Hill, 1976. Known as Little Rudin, contains the basics of the Lebesgue theory, but does not treat material such as Fubini's theorem.
- W. Rudin, Real and Complex Analysis, McGraw Hill, 1966. Known as Big Rudin. A complete and careful presentation of the theory. Good presentation of the Riesz extension theorems. However, there is a minor flaw (in the first edition) in the proof of one of the extension theorems, the discovery of which constitutes exercise 21 of Chapter 2.