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利用者:Quark Logo/sandbox宮内卿局

宮内卿局(くないきょう の つぼね、生年不詳 ‐ 慶長20年5月8日1615年6月4日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。名は不明。

概要[編集]

人物比定は確かではないが、淀殿に仕えた老女(侍女筆頭)の1人である。

豊臣秀頼乳母、または淀殿付きの侍女とされる。これは大坂の陣で活躍した武将木村重成の生母は秀頼の乳母となったとされるが、それを宮内卿局とする説がある[1]一方で、その重成の母は右京太夫局であったという説[3][4]もあるためである。なお、『色部文書』の中に残されていた上杉景勝に宛てた書簡に、饗庭局大蔵卿局大野治長母)を加えた淀殿の老女中衆4名を列記したものがあり[4]、宮内卿局と右京太夫局は別人である。

慶長20年(1615年)、大坂城の落城に際して、淀殿と秀頼に従って山里丸に隠れたが、最期は共に殉死した。宮内卿局も、『駿府記』や大阪城内にある淀君並殉死者三十ニ名忠霊塔にある32殉死者の1人[5]である。

出自に関する諸説[編集]

青木秀以の孫[編集]

木村重成の母[編集]

近江坂田郡能登瀬村で誕生。

父は青木俊矩


脚注[編集]

  1. ^ 川口 2016.
  2. ^ 大日本人名辞書刊行会 編『国立国会図書館デジタルコレクション 大日本人名辞書』 上、大日本人名辞書刊行会、1926年、861頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879491/436 国立国会図書館デジタルコレクション 
  3. ^ 野史』の木村重成の項の説明による[2]。重成の母を宮内卿局とするのは『大坂記』。
  4. ^ a b 桑田忠親『戦国の女性』秋田書店〈桑田忠親著作集〉、1979年、99頁。 ASIN B000J8BBR4
  5. ^ 続群書類従完成会 編『当代記・駿府記 : 史籍雑纂』続群書類従完成会、1995年、302頁。ISBN 479710516X 

参考文献[編集]

  • 日本女性人名辞典
  • 川口素生『真田幸村は生きていた! : 日本各地の「不死伝説」の謎に迫る』PHP研究所、2016年。ISBN 9784569764894