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北島秀一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

北島 秀一(きたじま しゅういち、1963年1月1日[1] - 2014年9月1日[2][1])は、日本のフードライターラーメン評論家。元新横浜ラーメン博物館広報担当。

経歴

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広島県広島市出身。広陵高等学校卒。進学のため上京、大学の通学路にあった熊本ラーメン桂花に魅せられる。

大学卒業後、大手電機メーカーに就職、出張先でラーメンを食べまくる。新横浜ラーメン博物館が主催するパソコン通信ネット「ラーメンネット」への参加が同博物館のスタッフの目に留まり、1997年テレビ東京TVチャンピオン』第4回ラーメン王選手権に出場。決勝戦で石神秀幸との激戦の末惜敗、準優勝。これを機にこの後、同番組の問題作成委員会に加わり、また週刊現代など多くの雑誌にラーメン評論を掲載、ラーメンジャーナリストの草分けとなった。同年12月から自身のラーメン食べ歩記サイト「電脳麺記」を開始[2]パソコン通信NIFTY-Serve」時代からハンドルネームは「しう」[3]

1999年新横浜ラーメン博物館に転職、広報などを担当していた[2]白血病を患い2003年退職した。同年、「超らーめんナビ」の達人に就任[3]

その後はフリーのラーメンジャーナリストとして、雑誌への寄稿やテレビ出演などで活動した。その他、川崎駅前のラーメン横断組織「川崎麺店会」の発起人になるなどの活動も行った。2004年6月には、日本国内の全ての都道府県のラーメン食べ歩きを達成した[2]。また、日本ラーメン協会の設立メンバーの一人で、顧問を務めていた[2]

2014年9月1日、胆管癌のため死去[2]。51歳没。

脚注

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  1. ^ a b <<当協会顧問 ご逝去に関するお知らせ(訃報)>> 日本ラーメン協会 2014年9月1日
  2. ^ a b c d e f “ラーメン評論家の北島秀一さん死去 51歳 草分け的存在”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年9月3日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/09/03/kiji/K20140903008864860.html 2014年9月3日閲覧。 
  3. ^ a b ラーメンマガジン「ラーマガ」#034”. ニコニコチャンネル 「ラーマガ」ラーメン情報専門チャンネル (2014年9月10日). 2021年8月2日閲覧。

外部リンク

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