千葉亀雄
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ペンネーム | 千葉 江東 |
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誕生 |
1878年9月24日 山形県酒田市 |
死没 | 1935年10月4日(57歳没) |
職業 | 作家、評論家、ジャーナリスト |
国籍 | 日本 |
最終学歴 | 早稲田大学高等師範部中退 |
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千葉 亀雄(ちば かめお、1878年(明治11年)9月24日 - 1935年(昭和10年)10月4日)は、日本の作家、評論家、ジャーナリスト。
来歴
[編集]山形県酒田市に生まれ、5歳から母の実家がある宮城県美里町、13歳から仙台市で育つ。早稲田大学高等師範部中退。はじめ江東の号で小説を書いたが、以後国民新聞、読売新聞、時事新報、東京日日新聞など新聞の社会部長や学芸部長を務め、その傍ら文芸評論も書いた。『サンデー毎日』編集長として「サンデー毎日新人賞」を開始するなど大衆文学にもかかわる。
大正末から昭和初年にかけての大きな文学潮流となった「新感覚派」の命名者として知られる。
死後、小説家の登竜門として「千葉亀雄賞」が創設され、井上靖、沙羅双樹、黒岩重吾らを輩出した[1]。墓所は多磨霊園[2]。
美里町近代文学館に遺品約160点を収蔵した千葉亀雄記念文学室がある。
著書
[編集]- 『いざさらば 千葉江東』(大平洋館) 1903年
- 『悩みの近代芸術』(二松堂書店) 1923年
- 『異性を観る』(小西書店) 1924年
- 『仇討五十種』(春陽堂) 1925年
- 『新聞講座』(金星堂) 1925年
- 『新版日本仇討』(天人社) 1931年
- 『新聞十六講』(金星堂) 1933年
- 『新聞語辞典』(栗田書店) 1933年
- 『一九四〇年の新聞』(新聞之新聞社、新聞全集7) 1933年
- 『現代世界文学概観』(新潮社) 1933年
- のち新潮文庫
- 『坪内逍遥伝』(改造社、偉人伝全集23) 1934年
- 『ペン縦横』(岡倉書房) 1934年
復刊
[編集]- 『ペン縦横』(湖北社、近代日本学芸資料叢書 第12輯) 1989年
- 『坪内逍遥伝』(湖北社、近代日本学芸資料叢書 第11輯) 1989年
- 『千葉亀雄著作集』全5巻(ゆまに書房) 1991 – 1993年
- 『新感覚派の誕生』(日本図書センター、近代文芸評論叢書) 1992年
翻訳
[編集]- 『戦の人々』(ラツコ、平凡社、世界プロレタリア傑作選集9) 1930年
- 『ヴエンデツタ』(Vendetta!; or, The Story of One Forgotten、コレリ、改造社、世界大衆文学全集65) 1931年
脚注
[編集]- ^ 千葉亀雄賞受賞作一覧
- ^ “千葉亀雄”. www6.plala.or.jp. 2024年12月1日閲覧。
外部リンク
[編集]- 千葉亀雄記念文学室 美里町近代文学館