コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

南九州税理士会事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
最高裁判所判例
事件名 選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求事件
事件番号 平成4年(オ)第1796号
平成8年3月19日
判例集 最高裁判所民事判例集50巻3号615頁
裁判要旨
  1. 税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することは、税理士会の目的の範囲外の行為である。
  2. 政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議は無効である。
最高裁判所第三小法廷
裁判長 園部逸夫
陪席裁判官 可部恒雄大野正男千種秀夫尾崎行信
意見
多数意見 全員一致
参照法条
民法43条、税理士法(昭和55年法律第26号による改正前のもの)49条2項、政治資金規正法3条、憲法19条
テンプレートを表示

南九州税理士会事件(みなみきゅうしゅうぜいりしかいじけん)は、南九州税理士会に所属していた税理士が、寄付政治献金)に使用する「特別会費」を納入しなかったこと(会費滞納)を理由として、南九州税理士会の役員選挙の選挙権・被選挙権を与えられなかったという事件。南九州税理士会政治献金事件南九州税理士会政治献金徴収拒否訴訟とも言われる。

最高裁判所において、税理士会が税理士であれば強制的に参加する組織(強制加入団体)であることを理由として、税理士会による政治献金を会の目的の範囲外とした。強制加入団体の政治献金に関する司法判断が下された初めての事件である[1]

概要

[編集]

税理士の強制加入団体の1つである南九州税理士会の会員である税理士Xが、政治献金として使用される特別会費5000円の納入を拒否したため、南九州税理士会は、役員選挙におけるXの選挙権・被選挙権を抹消し、X抜きにして役員選挙を行なった。そこで、Xは特別会費の納入の義務を負わないこと、および不法行為に伴う慰謝料を請求し、裁判所に出訴した。最高裁判決において、政治献金は税理士会の目的の範囲外の行為であり、そのために会員から特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議は会員の思想・信条の自由を考慮していないことから無効であるとされた。

経緯

[編集]

税理士X(原告・被控訴人・附帯控訴人・上告人)は、税理士法の規定に基づき設立された税理士会Y(被告・控訴人・附帯被控訴人・被上告人)の会員である[2]。Yは、1978年昭和53年)6月の定時総会において、税理士法改正運動の特別資金とするため、各会員から5000円の特別会費を徴収し、各県の税理士政治連盟に全額配布する旨を決議した(以下、本件決議)[2]。Xは、2年前に同様の決議が行われた際に、特別会費が政治献金(トンネル献金)として使用された実態を知っていたため、本件決議に反対し、特別会費の納入を拒否した[2]。Yの役員選任規則には、会費を滞納している者は役員の選挙権および被選挙権を有しない旨が規定されているため、Xを選挙人名簿に登載しないまま、1979年(昭和54年)度から1995年平成7年)度までに9回の役員選挙を実施した[3]。Xは、本件決議は思想・信条の自由を侵害し、税理士会の目的の範囲外であると主張し、特別会費の納入義務が存在しないことの確認や損害賠償の支払いなどを求めて提訴した[3][4]

争点

[編集]

争点は次の2点である[5]

  1. 政治団体に対する政治献金は、税理士法に規定される税理士会の目的の範囲内であるか否か。
  2. 政治献金のための特別会費の支払いの強制は、会員の思想・信条の自由を侵害するものであるか否か。

第一審

[編集]

第一審判決では[注 1]、次のようにXの請求を認めた[5]

被告が政治団体に対し寄附をすることは民法四三条に違反し、許されないところ、本件決議は政治団体たる南九各県税政への寄附であることを明示してなされたのであるから、本来被告が権利能力を有しない事柄(法令及び会則上許されない事柄)を内容とする議案につき決議したものというべく、従って、本件決議は、民法四三条に違反し無効といわざるをえない。

控訴審

[編集]

第二審判決では[注 2]、次のように第一審判決を破棄した[6]

本件決議は、本件特別会費をもって、南九各県税政を通じて特定政党、特定政治家へ政治献金を行うことを目的としてされたものであるとの被控訴人の主張は、これを肯認するに足りる証拠が十分でないといわねばならない。被控訴人主張に係る南九各県税政の設立の経緯やその活動状況、本件決議の前後における日税政の活動状況等を検討し、参酌しても、右認定、説示を左右するに足りない。
多数決制度は、それにより団体の意思決定がされた場合、原則として、少数意見者は自己の思想、信条に反しても多数意見による意思決定に従わなければならないことを前提として存在するものであるから、控訴人が総会における会員の多数決による決議により税理士法改正運動を推進する旨決定した場合、被控訴人が右運動に反対であることをもって、直ちに右決議は被控訴人の思想、信条の自由を侵害するとして公序良俗に反するものとし、これを無効とすることはできないというべきである。
本件特別会費の拠出が特定政治家の一般的な政治的立場の支援となるという関係はうえんかつ希薄であるといえるから、南九各県税政が右のような活動をしたことは、いまだ、被控訴人に本件特別会費の拠出義務を肯認することが、被控訴人の政治的思想、信条の自由を侵害するもので許されないとするまでの事情には該当しないというべきである。

上告審

[編集]

最高裁判所判決は[注 3]、Yの本件決議は税理士会の目的を超えるものとして違法であり無効であると判示し、Yの責任については自判して確定させ、損害賠償については福岡高等裁判所に差し戻した[7][8]

税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として、法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない(なお、前記昭和五五年法律第二六号による改正により、税理士は税理士名簿への登録を受けた時に、当然、税理士事務所の所在地を含む区域に設立されている税理士会の会員になるとされ、税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行ってはならないとされたが、前記の諸点に関する法の内容には基本的に変更がない。)。
税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。
特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。
そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。

差戻控訴審

[編集]

1997年(平成9年)3月19日、福岡高等裁判所において、和解金を支払うことなどを条件に、Xの主張を全面的に認める和解が成立した[8][9]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 熊本地方裁判所昭和61年2月13日判決、昭和55年(ワ)第55号、『選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求事件』、最高裁判所民事判例集50巻3号869頁、判例時報1181号37頁、判例タイムズ584号76頁。
  2. ^ 福岡高等裁判所平成4年4月24日判決、昭和62年(ネ)第551号・昭和61年(ネ)第106号、『選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求控訴、附帯控訴事件』、最高裁判所民事判例集50巻3号955頁、判例時報1421号3頁、判例タイムズ786号119頁、シュトイエル365号26頁。
  3. ^ 最高裁判所第三小法廷平成8年3月19日判決、平成4年(オ)第1796号、『選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求事件』、裁判所時報1168号3頁、最高裁判所民事判例集50巻3号615頁、判例時報1571号16頁、判例タイムズ914号62頁、最高裁判所裁判集民事178号889頁。

出典

[編集]
  1. ^ 「政治献金目的の特別会費、強制徴収は違憲 熊本地裁」『朝日新聞』1986年2月14日、22面。
  2. ^ a b c 馬奈木 2012, p. 816.
  3. ^ a b 馬奈木 2012, p. 817.
  4. ^ 二本柳 2019, p. 80.
  5. ^ a b 馬奈木 2012, p. 820.
  6. ^ 馬奈木 2012, pp. 821–822.
  7. ^ 馬奈木 2012, p. 830.
  8. ^ a b 北野 2020, p. 381.
  9. ^ 「政治献金訴訟、和解で決着 南九州税理士会」『朝日新聞』1997年3月20日、31面。

参考文献

[編集]
  • 馬奈木昭雄 著「南九州税理士会政治献金事件訴訟の意義」、北野弘久先生追悼論集刊行委員会 編『納税者権利論の課題』(第7版)勁草書房、2012年5月25日、815-835頁。ISBN 9784326402748 
  • 二本柳高信 著「36 強制加入団体の政治献金と構成員の思想の自由――南九州税理士会政治献金事件」、長谷部恭男石川健治宍戸常寿 編『憲法判例百選Ⅰ』(第7版)有斐閣〈別冊ジュリスト No.245〉、2019年11月30日、80-81頁。ISBN 9784641115453 
  • 北野弘久『税法学原論』黒川功補訂(第8版)、勁草書房、2020年2月20日。ISBN 9784326403745 

関連項目

[編集]