厳夫人
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厳夫人(げんふじん、生没年不詳)は、唐の節度使だった劉隠の夫人。閩の康宗王昶の外祖母にあたる。
詳細な事跡は不明。劉隠と結婚した後、乾寧3年(896年)に娘の劉華(中国語版)を産んだ。劉隠死後の貞明3年(917年)、劉隠の弟である劉龑が皇帝を称して南漢を建てると、劉隠に襄皇帝の諡号[1]を追尊したが、厳夫人には皇后号は贈られなかった。娘の劉華は閩王王審知の次男王延鈞に嫁して[2]燕国夫人に封じられ、その死後の長興4年(933年)に王鏻(王延鈞)が皇帝を称すると、皇后に追封された。
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