大崎市立古川東中学校
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大崎市立古川東中学校 | |
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北緯38度33分52.61秒 東経140度58分24.45秒 / 北緯38.5646139度 東経140.9734583度座標: 北緯38度33分52.61秒 東経140度58分24.45秒 / 北緯38.5646139度 東経140.9734583度 | |
過去の名称 | 古川市立古川東中学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 |
古川市(1979年 - 2006年) 大崎市(2006年 - ) |
併合学校 |
古川市立古川中学校(一部) 組合立協和中学校 |
校訓 | 健康 自主 協力 |
設立年月日 | 1979年4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 2学期制 |
学校コード | C104222150089 |
校地面積 | 31,475 m2 |
校舎面積 | 7,109 m2 |
所在地 | 〒989-6117 |
宮城県大崎市古川旭4丁目5−1 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
大崎市立古川東中学校(おおさきしりつ ふるかわひがしちゅうがっこう)は、宮城県大崎市古川旭にある公立中学校。通称は「東中」(とうちゅう、ひがしちゅう)もしくは「古東中」(ふるとうちゅう、ふるひがしちゅう)。
概要
[編集]1979年、古川市立古川中学校の一部及び組合立協和中学校を統合し、古川市立古川東中学校として開校した。
2011年には東北地方太平洋沖地震の影響で校舎一部が使用不可(地盤沈下)となり、古川北中学校、古川西中学校、古川南中学校への分散登校が図られた。
古川第二中学校(案)
[編集]古川東中学校(旧)ホームページを参照[1]。
当初の校名案は「古川市立古川第二中学校」であったが、同校の設立に関する準備委員会は、既存の統合校である「古川北中学校」や「古川西中学校」と同様に方角を取り入れた名称が地域性を表現するとして「東中学校」を推した。
また、「第二中学校」という名称は、既存の「古川中学校」の二番目を意味するものとして受け取られる可能性があり、新設校としての独自性が薄れる懸念があった。そのため「東中学校」とすることで、新設校としての独立した位置づけが明確にされ、地域住民にも親しみやすい名称であると判断された。
教育目標
[編集]詳細は 『大崎市の教育 資料編』を参照[2]。
「健康」「自主」「協力」
学区
[編集]- 中里北、中里中、中里南第一、中里南第二、中里南第三、古川駅前、駅南団地、古川台町、東町、北町南、北町中、福沼一、福沼二、福沼三、李埣西一、李埣西二、神田、李埣東、蓑口沼、馬寄、鶴ケ埣西、鶴ケ埣東、大幡南、大幡東、大幡西、境野宮、宮内、楡木、師山、石森、下中目一、下中目二、深沼、桑針、古川谷地中
出典:[3]
進学前小学校
[編集]- 大崎市立古川第二小学校
- 大崎市立古川第三小学校
- 大崎市立敷玉小学校
出典:[3]
出身有名人
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- ^ “[https://web.archive.org/web/20150702135546/http://www.educ.osaki.miyagi.jp/fhj/ayumi2.htm �����̕��݁����̂P��]”. web.archive.org (2015年7月2日). 2024年10月30日閲覧。
- ^ “令和6年度大崎市の教育 - 第5章 資料編”. 大崎市. p. 71. 2024年8月15日閲覧。
- ^ a b “大崎市立小学校,中学校及び義務教育学校の通学区域に関する規則”. 大崎市例規集. 大崎市. 2024年8月16日閲覧。