吉田喜一
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国籍 | 日本 | |||
泳法 | 背泳ぎ | |||
生年月日 | 1919年3月6日 | |||
生誕地 | 日本 大分県 | |||
没年月日 | 1944年12月21日(25歳没) | |||
死没地 | フィリピン ミンダナオ島 |
吉田 喜一(よしだ きいち、1919年(大正8年)3月6日[1] - 1944年(昭和19年)12月21日[2])は、昭和時代戦前の競泳選手。
経歴
[編集]大分県出身[2]。早稲田大学在学中[3][4]、1936年ベルリンオリンピックに競泳日本代表として男子100m背泳ぎに出場し5位に入賞した[1]。
太平洋戦争が勃発すると陸軍に召集され飛行第73戦隊に所属した[2]。1944年(昭和19年)12月、ミンダナオ島にて特攻により戦死した[2]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 中澤篤史「オリンピック日本代表選手団における学生選手に関する資料検討:―1912年ストックホルム大会から1996年アトランタ大会までを対象に―」『一橋スポーツ研究』第29巻、2010年、37-48頁。
- 束原文郎「1912年〜2008年夏季オリンピック日本代表選手団に関する資料:所属組織と最終学歴を中心に」『スポーツ科学研究』第10巻、2013年、242-316頁。
- 曾根幹子「「戦没オリンピアン」をめぐる調査と課題 ―広島県出身選手を事例に―」『広島市公文書館紀要』第32号、2020年、1-13頁。
- 表1 日本人戦没オリンピアン(2020年1月末日現在)(pp.9-10)