吉田智子 (アナウンサー)
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よしだ ともこ 吉田 智子 | |
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プロフィール | |
出身地 | 日本・神奈川県平塚市 |
生年月日 | 1942年5月25日 |
没年月日 | 2009年9月2日(67歳没) |
最終学歴 | 慶應義塾大学文学部 |
所属事務所 | 吉田智子事務所 |
職歴 | 毎日放送アナウンサー |
活動期間 | 1965年 - 2009年 |
ジャンル | 報道、ナレーション |
公式サイト | 吉田智子 ひとりがたり 海 そして・・・ |
出演番組・活動 | |
出演経歴 | あどりぶランド他 |
その他 | 朗読家、大学教授 |
吉田 智子(よしだ ともこ、1942年5月25日[1] - 2009年[2]9月2日[3])は、毎日放送(MBS)出身のフリーアナウンサー、ナレーターである。囲碁界に一門を成す木谷実九段の四女である。MBS定年退職後は、個人事務所の吉田智子事務所所属。
来歴・人物
[編集]神奈川県平塚市出身。神奈川県立平塚江南高等学校を経て[4]、慶應義塾大学文学部を卒業後[5]、1965年に毎日放送(MBS)入社。同期に阪本時彦、志風洋子(旧姓・阿部)がいる。
先輩の小堀豊子と同様テレビでの露出は非常に少なく(『あどりぶランド』に出演する程度)、主にナレーションを中心に担当。MBSの用語委員を長年に渡り務める傍らチーフアナウンサーとして後進の教育に携わり、若手アナウンサーから「お母ちゃん」的な存在として親しまれた[要出典]。
中でも『皇室アルバム』のナレーションを1997年9月末までの1000回・20年以上にわたり担当し、『真珠の小箱』のナレーション又は番組終了前の道案内役も1990年代後半ごろまで務めていた。
その後は『ヤン坊マー坊天気予報』(不定期でナレーション)、ラジオ番組『おはなしの扉』『MBSニュース』のラジオでの放送などを担当し2002年5月25日に毎日放送を定年退職。
フリーアナウンサーとして朗読活動など中心に活動した。また、出身放送局である毎日放送の番組(主としてMBSラジオ)に出演することも時々。また大阪芸術大学短期大学部広報学科の教授として「ゼミ」と「コミュニティー論」を担当した。
担当番組
[編集]脚注
[編集]- ^ 『こちら・あどりぶランド』 1986, pp. 174–178.
- ^ 木谷明『「無罪」を見抜く 裁判官・木谷明の生き方』3頁(岩波書店、2013年)([1] アーカイブ 2013年12月27日 - ウェイバックマシン)による。
- ^ 「うぐいす嬢が夢だった…。 ~ライター高橋ゆかりのホームページ~」内、2009年9月12日の日記より。
- ^ “吉田智子■ひとりがたり 海 そして…■”. www.hitorigatari.net. 吉田智子事務所. 2020年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月1日閲覧。
- ^ “吉田智子”. 株式会社フロンティア・ロード. 株式会社フロンティア・ロード/氏家大一郎事務所. 2022年2月2日閲覧。
参考文献
[編集]関連人物
[編集]外部リンク
[編集]- 吉田智子■ひとりがたり 海 そして…■(ウェイバックマシン、2022年3月26日) - http://www.hitorigatari.net/index.html[リンク切れ]