国王手許金会計長官
イギリス 国王手許金会計長官 Keeper of the Privy Purse | |
---|---|
国王陛下の政府の紋 | |
担当機関 | 国王手許金会計官事務局 |
所在地 | ウェストミンスター |
任命 | 国王チャールズ3世(君主個人の裁量による) |
任期 | 国王陛下の仰せのままに |
創設 | 1526年 |
初代 | ヘンリー・ノリス |
俸給 | 年額 172,021 GBP[1](2002年) |
国王手許金会計長官(英語: Keeper of the Privy Purse)は、イギリスの宮廷職。英国君主の私的な財産支出や慈善団体への寄付を管理する。長官を長としてバッキンガム宮殿内に国王手許金会計官事務局を置く。古くは王と親しい間柄の人物が長官に任命されるケースが多かった。
概要
[編集]国王手許金会計長官は王室の財産管理に関して、国王付会計官(Treasurer to the King / Queen)とともに責任を負う[2]。会計官は英国君主による慈善団体への寄付及び加入、チャペル・ロイヤルの助成金管理も行う[2]。長たる会計長官を筆頭に会計官等のスタッフから成り、一つの部署をバッキンガム宮殿内に構成している[3]。
その国王手許金会計官事務局はバッキンガム宮殿内の宮廷内郵便によって宮内長官事務局や国王秘書官事務局などの各部署と連絡を取り合う仕組みとなっている[4]。
『英国の歴史』では「大抵は王のお気に入りである会計長官」と触れられているが[5]、それゆえ初期の会計長官の中にはヘンリー・ノリスのように処刑された事例もあった[6]。国王チャールズ2世、ジェームズ2世、女王アンからジョージ2世の時代においては、会計長官は勅許状に基づいて宮内長官の指名で任命された[5]。ただしジョージ3世の代には公文書上に任命記録がないことから、口伝えの非公式な任命へと変化したとされる[5]。またジョージ3世は寵臣の第3代ビュート伯爵ジョン・ステュアートが首相を退いた後も、会計長官として宮廷に留任させることで引き続き国政に関与させており[7]、悪しき前例を残している。その後、放蕩家の摂政ジョージの代に官報掲示による公式任命が再度復活して現在に至っている[5]。
会計長官の管理する王室費の額もまた時代とともに変化してきた。17世紀から19世紀にかけては2万~6万ポンドであったが、外遊を好んだエドワード7世の代に11万ポンドへと増額されている[3]。
現在の国王手許金会計長官はサー・マイケル・スティーブンス(1958-)が務めている[8]。
一覧
[編集]写真 | 在任中の爵位
氏名 (生没年) |
在任期間 | 国王
(在位) |
出典 |
---|---|---|---|---|
ヘンリー・ノリス
(1536年没) |
1526 - 1536 | ヘンリー8世
(1509–1547) |
[6] | |
アンソニー・デニー
(1501-1549) |
1536年頃 | [9] | ||
ピーター・オズボーン
(1521-1592) |
1551-1552 | エドワード6世
(1547–1553) |
[10] | |
ジョン・タムワース
(生没年不詳) |
1559‐1569 | エリザベス1世
(1558–1603) |
||
ヘンリー・セクフォード | 1569-1603 | |||
初代準男爵
(1560-1622) |
1607-? | ジェームズ1世
(1603–1625) |
||
初代ダンバー伯爵
(1556-1611) |
1610-1611 | |||
初代アナンデイル伯爵
(?-1640) |
1611-1616 | |||
初代モリニュー子爵
(1594-1636) |
1616?–1636 | チャールズ1世
(1625–1649) |
||
初代アンクラム伯爵
(1578-1654) |
1636?–1639 | [11] | ||
初代アーリントン伯爵
(1618-1685) |
1661–1662 | チャールズ2世
(1660–1685) |
[5] | |
初代ファルマス伯爵
(1630-1665) |
1662-1665 | |||
バティスト・メイ
(1628–1698) |
1665–1685 | |||
ジェームズ・グレアム
(1649–1730) |
1685–1689 | ジェームズ2世
(1685–1688) | ||
初代ポートランド伯爵
(1649-1709) |
1689-1700 | ウィリアム3世
(1689–1702) | ||
キャスパー・フレデリック・ヘニング
(?–1742) |
1700-1702 | |||
マールバラ公爵夫人
(1660-1744) |
1702-1711 | アン
(1702–1714) | ||
マサム男爵夫人
(1670-1734) |
1711-1714 | |||
キャスパー・フレデリック・ヘニング
(?–1742) |
1714-1727 | ジョージ1世
(1714–1727) | ||
オーガスタス・シューツ
(1689-1757) |
1727–1757 | ジョージ2世
(1727–1760) | ||
エドワード・フィンチ
(1697-1771) |
1757-1760 | |||
第3代ビュート伯爵
(1713-1792) |
1760–1763 | ジョージ3世
(1760–1820) | ||
ウィリアム・ブレトン
(?–1773[12]) |
1763–1773 | |||
第5代カーディガン伯爵
(1725-1811) |
1773-1811 | |||
初代準男爵 | 1812-1817 | |||
初代ブルームフィールド男爵
(1768-1846) |
1817-1822 | |||
ジョージ4世
(1820–1830) | ||||
初代準男爵
(1776-1836) |
1822-1830 | |||
初代準男爵
(1777-1852) |
1830-1846 | ウィリアム4世
(1830–1837) | ||
ヴィクトリア
(1837–1901) | ||||
ジョージ・エドワード・アンソン
(1812-1849) |
1847-1849 | [13] | ||
サー・チャールズ・ボーモント・フィップス
(1801-1866) |
1849-1866 | [14] | ||
サー・チャールズ・グレイ
(1804-1870) ※ビダルフ卿とともに共同就任。 |
1866-1867 | [15] | ||
サー・トマス・ミドルトン・ビダルフ
(1809-1878) ※グレイ卿とともに共同就任。 |
1866-1878 | |||
サー・ヘンリー・ポンソンビー
(1825-1895) |
1878‐1895 | [16] | ||
サー・フリートウッド・エドワーズ
(1842-1910) |
1895‐1901 | [17] | ||
サー・ダイトン・プロビン
(1833-1924) |
1901-1910 | エドワード7世
(1901–1910) |
[18] | |
サー・ウィリアム・キャリントン
(1845-1914) |
1910-1914 | ジョージ5世
(1910–1936) |
[19][20] | |
初代シソンビー男爵
(1867-1935) |
1914-1935 | [21] | ||
初代ウィグラム男爵
(1873-1960) |
1935-1936 | [22] | ||
サー・ウリック・アレクサンダー
(1889-1973) |
1936-1952 | ジョージ6世
(1936–1952) |
[23][24] | |
第2代トライオン男爵
(1906-1976) |
1952-1971 | エリザベス2世
(1952-2022) |
[25] | |
サー・レニー・モウズレー
(1915-1988) |
1971-1981 | [26] | ||
サー・ピーター・マイルズ
(1924-2013) |
1981-1987 | [27] | ||
サー・シェイン・ブルウィット
(1935-) |
1988-1996 | [28] | ||
サー・マイケル・ピート
(1949-) |
1996-2002 | [29] | ||
サー・アラン・レイド
(1947-) |
2002-2017 | [30] | ||
サー・マイケル・スティーブンス(1958-) | 2018- | [31] | ||
チャールズ3世
(2022-) |
脚注
[編集]注釈
[編集]
出典
[編集]- ^ “BBC NEWS | UK | The Royal Accounts 2002”. news.bbc.co.uk. 2021年8月16日閲覧。
- ^ a b Michael Ray(revised by Emily Rodriguez & Gloria Lotha) (2019年7月31日). “Royal Household of the United Kingdom” (英語). Encyclopædia Britannica. 『Britannica, The Editors of Encyclopaedia』. 2021年8月16日閲覧。
- ^ a b Chisholm, Hugh, ed. (1911). . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 22 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 373.
- ^ 君塚直隆『エリザベス女王 史上最長・最強のイギリス君主』中央公論新社〈中公新書〉、2020年2月、26頁。ISBN 978-4121025784。
- ^ a b c d e “Keeper of the Privy Purse 1660–1837”. Office-Holders in Modern Britain: Volume 11 (Revised), Court Officers, 1660-1837. London: University of London. (2006)
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- ^ "Stevens, Sir Michael (John)", Who's Who (online ed., Oxford University Press, December 2018). Retrieved 6 June 2019.
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- ^ “Sir Michael Peat to step down”. The Daily Telegraph (London). (24 January 2011)
- ^ "Reid, Sir (Philip) Alan". Who's Who (英語). Vol. 1920–2021 (2019, December 01 ed.). A & C Black. 2021年8月22日閲覧。 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入)
- ^ “Sir Alan Reid, the Queen's money man, to hand over Royal purse strings next year” (英語). HeraldScotland. 2021年8月22日閲覧。