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在原弘景

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

在原 弘景(ありわら の ひろかげ、生没年不詳)は、平安時代前期の貴族弾正尹阿保親王の孫。刑部少輔在原仲平の子[1]官位正五位下右馬頭

経歴

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陽成朝にて、左衛門少尉を経て、元慶3年(879年従五位下叙爵し、のち中務少輔に任ぜられる。

元慶8年(884年)2月の光孝天皇践祚に際して近江国固関使を務め、同年12月には美作国に派遣されて野禽の狩猟を行っている[2]仁和2年(886年)従五位上・右衛門権佐に叙任される。

宇多朝では、正五位下右近衛少将に叙任されたのち、寛平6年(894年五位蔵人に補せられて天皇の身近に仕えるが、翌寛平7年(895年)には病気により蔵人を辞任している。寛平9年(897年)右近衛少将から少納言に遷り、のち右馬頭も務めた。

官歴

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注記のないものは『日本三代実録』による。

脚注

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  1. ^ 宝賀[1986: 186]
  2. ^ 『日本三代実録』元慶8年12月2日条
  3. ^ a b 『近衛府補任』
  4. ^ a b 『蔵人補任』
  5. ^ 『政事要略』巻61
  6. ^ 『紀家集』

参考文献

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