在日クルド人へのヘイト
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本項では在日クルド人へのヘイト(ざいにちクルドじんへのヘイト)について述べる。
日本では1990年頃からクルド人による移住が始まった。2023年7月頃から、同月に発生した川口市立医療センターでのクルド人による乱闘騒ぎを契機として、日本のSNS上で在日クルド人の排斥を訴えるヘイトスピーチが目立つようになった。また、翌2024年には、在日クルド人が多く暮らす埼玉県川口市や蕨市ではヘイトデモが開催された。
官民によるヘイトへの対応・抵抗も行われている。埼玉県知事大野元裕が「ヘイトスピーチは地域社会から徹底して排除されなければならない[1]」と記者会見の場で述べたほか、有志によるファクトチェック、在日クルド人らによる自主的な地域パトロール・警察との合同パトロールが行われている。
背景
[編集]クルド人は中東における4番目に大きな民族集団である一方、その居住地(クルディスタン)は主にトルコ、イラク、シリア、イランにまたがっており、各国内では少数民族である[2]。クルド人は各国で自治や独立を求める闘争を続けてきたが、弾圧を受けてきた[2][3]。日本では埼玉県の川口市や蕨市に1990年頃からトルコ国籍のクルド人が移り住むようになり、在日クルド人コミュニティが形成された[4]。
これらの地域ではかねてより、在日クルド人のゴミ出し方法や騒音についての行政への相談が日本人の住民からあった[4]。生活習慣の違いからくる地元住民との摩擦だったが[5]、2023年4月の川口市議会議員選挙では候補者に有権者から「川口の治安が良くない」といった相談が寄せられた[6]。なお同年3月には、クルド人の移民2世が日本人の女子中学生に対する不同意性交で逮捕されていた[7][8]。同年6月末には同市市議会が「一部外国人による犯罪の取り締まり強化を求める意見書」を採択[6]。一部の外国人が「資材置き場周辺や住宅密集地域などで暴走行為、あおり運転を繰り返し、人身、物損事故を多く発生」させているとした[6][注 1]。
同年のこの直後から状況が変わり[4]、「ヘイト団体やレイシストはクルド人攻撃を激化させて」いる[11]などと報じられる状況になった。
ヘイトの激化
[編集]クルド人へのヘイトが激化する大きなきっかけとなったのは、2023年7月の川口市立医療センターでのクルド人による乱闘騒ぎだと見られている[12][注 2]。7月4日、同市安行原でクルド人がクルド人に襲われる事件があった[15]。この事件で負傷したクルド人が搬送された市立医療センターに知人ら100人規模のクルド人が集まり乱闘となった[15]。乱闘の様子を映した動画がSNSに投稿・拡散されると、「クルド人」がX(Twitter)でトレンドワード入りしクルド人排斥を主張する投稿が目立った[15]。
2024年2月、蕨市駅周辺で在特会の流れをくむ日本第一党に所属していた人物により、反クルド人デモが行われた[9]。2024年4月には、川口市で旭日旗やトルコ国旗を掲げた右翼街宣が行われ、「不法滞在クルド人は追放しよう」などと主張した[12]。対してヘイトスピーチに反対するカウンターも見られた[12]。日の丸街宣倶楽部によるヘイトデモではメンバーがカウンター側に暴行する事件も起きている[16]。上述の乱闘動画拡散以降、頻繁にこうしたヘイトの示威行動が開催されるようになっているが、カウンター側はヘイトデモ参加者の多くは神奈川県川崎市[注 3]から活動の場を移してきた人のように川口市外から来ていると指摘している[12]。
またクルド人が経営する店やクルド人支援団体に対して、電話やメールでヘイトスピーチが行われるようにもなっている[4][17]。
ヘイトの内容
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川口市でクルド人が経営する飲食店には「クソクルド」「日本から出て行け」といった内容の電話が頻繁にかかってくるようになった[4]。市にも「クルド人を追いだせ」などと訴える電話がかけられ、担当者によると「具体的な困り事を聞くと、SNSなどで見たという県外の人がほとんど」だという[18][4]。クルド人支援団体にもヘイトメッセージが届いている[17]。支援団体「在日クルド人と共に」に「クルド人を皆殺しにして、豚の餌にしてやる」というメッセージを送った東京都足立区の1名が脅迫容疑で書類送検されている[19]。また大量の廃材を積んだトラックや改造自動車の画像を「クルドカー」と称してSNSに投稿するのもクルド人揶揄の定番である[20][21]。
在日クルド人をテロリストと結びつける言説
[編集]2023年11月、日本でクルド人へのヘイトが激化している最中に、トルコ政府が在日クルド人の当事者団体日本クルド文化協会およびその代表者らをクルディスタン労働者党(PKK)のシンパだとして資産凍結を行った[5][9]。思想史研究の藤崎剛人によると、日本の右派論客がトルコ政府側のこうした主張をそのまま取り入れヘイトを煽っている[9]。また東京新聞はこの資産凍結がヘイト助長につながったと報じている[18]。
クルド難民弁護団事務局長を務める弁護士大橋毅によると、トルコの「政権は、政敵であるクルド人政党の支持者を弾圧するためにテロリスト認定して」おり、クルド人政策について政権と意を異にする立場を表明しただけで訴追されたケースもある[18]。国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチも同様の指摘・報告をしている[5]。
一方、国連難民高等弁務官事務所駐日代表を務めた滝沢三郎は、自身がトルコ国内で行った調査の結果、PKK支持を公言しているクルド人でもその中にはトルコ国内で正規に就労している人もいるため、迫害を受けているのは一部のPKK構成員に限られているとし、実態に合った対策が必要としている[22]。
ネウロズの開催危機
[編集]クルド人の伝統的な祭りであるネウロズはさいたま市の埼玉県営秋ヶ瀬公園で毎年開催されてきた[23]。しかし2024年は管理者側が公園の使用を認めない方針を示した[23]。1月4日に「在日クルド人と共に」が管理者側に使用許可を申し出たところ「クルド人に公園を貸すなとの電話を受けた」ため「反対する人たちが来ると、安全を担保できない」とし、13日に使用を許可しない方針を伝えた[24][23]。19日、県と協議した結果だとして音楽を流さないことを条件に使用を許可[23]。23日には音楽は許可するが楽器演奏は認めないとした[23]。最終的には楽器演奏を認め、3月20日に同公園で開催された[23][25]。開催中は埼玉県警察が会場を警備した[26]。会場周辺では数人が拡声器を用いてクルド人へのヘイトスピーチを放った[26]。
ヘイトへの対応
[編集]2024年3月、埼玉県知事大野元裕は定例記者会見で「クルド人に限らず」としたうえで「ヘイトスピーチは地域社会から徹底して排除されなければならない」と述べた[1]。
同年8月26日、日本弁護士連合会の主催で「クルド人に対するヘイトスピーチ問題を考える緊急集会」が開催された[13][27]。日本クルド文化協会や支援団体の代表者、弁護士、ジャーナリストが登壇した[18][13]。
法的対応
[編集]東京都は2023年にクルド人に関する街宣を都人権尊重条例によりヘイトと認定した[10]。2024年3月には日本クルド文化協会代表理事のチカン・ワッカスら10人のクルド人とクルド人を夫に持つ日本人女性がフリージャーナリスト石井孝明を提訴した[28]。訴状によると石井が、協会がテロ支援をしている、クルド人全体が不法就労者であるなどと思わせるSNS投稿を拡散させた[28]。なお、石井は2023年5月頃から川口市周辺のクルド人問題に関する記事を月刊誌などに掲載しており、同年9月には川口市在住のクルド人1人が川口警察署内で石井への殺害予告を警察官に対して行い逮捕され、その後不起訴となっている[28]。
有志による対抗
[編集]クルド人についてのSNS上のデマに対して、反論を投稿する人々もいる。ライターの田口ゆうは、川口市のクルド人を批判する目的で画像が投稿された「クルドカー」についてナンバーを確認して反論した[21]。「電脳塵芥(ちりあくた)」という個人ブロガーはデマのファクトチェックを行い、その成果を公開している[21]。
クルド人による地域パトロール
[編集]2023年9月頃からクルド人による自主的な地域パトロールが開始された[29]。また埼玉県警察は日本クルド文化協会のクルド人などと合同でJR東川口駅周辺のパトロールを行った[30]。武南署の署長は「警察や行政機関、住民、外国人団体の相互理解を促進することで強固な地域ネットワークが構築ができる」と意義を語った[30]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ なお川口市は元来外国人が多く暮らす地域である[9]。しかし右派系グループによる排外主義の示威行動が行われてきた[9]。2009年に在日特権を許さない市民の会が行ったフィリピン人一家(カルデロン一家問題)の国外追放を求めるデモなどが一例である[10][9]。
- ^ クルド人へのヘイトが激化し始めたのは同時期の、難民認定申請者の強制送還を可能にする入管法改正案の国会審議が始まったころであったとも報じられている[5][13]。毎日新聞はクルド人ヘイトの激化の理由について、この改正案を巡り「外国人の抗議行動、メディア露出が高まり、難民申請者の多いクルド人にも注目が集まっていた」ほか、そうしたなか川口市議会が上述の意見書を採択したことを挙げている[14]。支援団体「在日クルド人と共に」の代表温井立央は「制度の動きとヘイトスピーチは明確につながっています」と述べている[13]。
- ^ 在日韓国・朝鮮人が多く住む川崎市では在日コリアンへのヘイトスピーチが繰り返されてきたが、2019年にヘイトスピーチを罰則付きで禁じる差別禁止条例が成立している[10]。ネット右翼やヘイトスピーチの問題を取材してきた安田浩一は「条例により、活動しにくくなった団体が転戦してきている」と指摘している[10]。
出典
[編集]- ^ a b 「「ヘイトスピーチは徹底して排除されなければならない」埼玉・大野知事がクルド人や支援団体への「ヘイトスピーチ」問題に言及」『TBS NEWS DIG』2024年3月28日。2024年9月23日閲覧。
- ^ a b 高橋和夫 (1987). “クルドと中東の国際関係”. 国際政治 1987 (86): 68,69. doi:10.11375/kokusaiseiji1957.86_68 .
- ^ 「クルド、国なき3000万人 歴史と現状オールまとめ」『朝日新聞』2019年12月28日。2024年9月21日閲覧。
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- ^ a b c d 「なぜ今、クルド人ヘイトが増えている? 夜回りや被災地支援など「溶け込む努力している人たちもいること知って」」『東京新聞』2024年4月29日。2024年9月22日閲覧。
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- ^ “女子中学生に性暴行の容疑者、難民申請中のクルド人 トルコ生まれ川口育ちの「移民2世」”. 産経新聞. (2024年3月8日) 2024年9月26日閲覧。
- ^ “川口クルド人犯罪めぐり奥ノ木市長に殺害予告 市長「擁護しているわけではない」”. 産経新聞 (2024年8月27日). 2024年9月29日閲覧。
- ^ a b c d e f 藤崎剛人「在日外国人と日本社会の共生努力を後退させる右派の差別扇動」『ニューズウィーク日本版』2024年2月27日。2024年9月22日閲覧。
- ^ a b c d 「クルド人排斥デモの背景にあるものは 今も続く「ヘイトスピーチ」にどう立ち向かう 解消法施行から8年」『東京新聞』2024年5月30日。2024年9月22日閲覧。
- ^ 石橋学「クルド人排斥デモ、市民抗議で中止 埼玉・川口市、差別団体のヘイト激化」『神奈川新聞』神奈川新聞、2023年10月9日。2024年9月24日閲覧。
- ^ a b c d 「クルド人と過激ヘイト 「仮放免者にも就労を」 川口市で見えた外国人政策の課題【報道特集】」『TBS NEWS DIG』2024年6月30日。2024年9月22日閲覧。
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- ^ 「ネットにあふれるクルド人ヘイトの異常さ 差別される側の視点に立ってみたことありますか?「一部の問題で全体を判断しないで」」『47NEWS』2024年1月23日。2024年9月23日閲覧。
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- ^ 「危ぶまれた“クルド祭り”無事開催、「公園を貸すな」と電話が相次いでいた…共生に向け前進へ 迷惑行為した一部クルド人を挙げ、クルド人全体への批判増加、名誉を傷つけたとしてフリージャーナリストを提訴も」『埼玉新聞』2024年3月21日。2024年9月23日閲覧。
- ^ a b 「クルド人が最も大切にする春祭り「ネウロズ」開催 ヘイト騒動を超えてさいたまの公園に踊りの輪」『東京新聞』2024年3月20日。2024年9月23日閲覧。
- ^ “クルド人に対するヘイトスピーチ問題を考える緊急集会”. 日本弁護士連合会. 2024年9月22日閲覧。
- ^ a b c 「川口のクルド人ら11人、日本人ジャーナリストを異例の提訴「人権侵害だ」500万円請求」『産経新聞』2024年3月19日。2024年10月27日閲覧。
- ^ 「批判…夜コンビニや公園に集まるクルド人ら、住民とトラブル頻発 一方で治安を改善したいクルド人は自主パトロール開始、たむろするクルド人に注意 ごみ拾いも 密着した写真家、変わろうとする姿を撮影 川口で「在日クルド人」展を開催」『埼玉新聞』2023年10月13日。2024年9月22日閲覧。
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