外堀通り (大分市)
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外堀通り(そとぼりどおり)は、大分県大分市中心部の中央通りから東方へ延びて、大分川付近に至る通りである。正式名称は大分市道府内金池線。都市計画道路としての名称は外堀西尾線[1][2]。
概説
[編集]かつて府内城の外堀があった場所に造られた通りである[3][4]。また、かつては国道10号であったが、1975年(昭和50年)に金池バイパスが開通したことにより、市道に指定替えされた[5][6]。
大分市の目抜き通りである中央通りの大分駅前付近(中央通り南交差点)から東側へ延び、途中の大手町1丁目交差点で遊歩公園通り(大手通り、都市計画道路県庁前古国府線)と交差する。また、中心市街(遊歩公園通りから西側)では旧大分パルコ、コンパルホール、九州電力大分支社、大分バス金池ターミナルがこの通りに面し、遊歩公園通りから東側では大分市立金池小学校、大分市立長浜小学校、大分地方気象台がこの通りの近隣に所在する[1][2]。
2013年(平成25年)9月には、大分駅周辺総合整備事業に伴い、旧パルコ前の外堀通りを一方通行にして、中央通りへ進入できなくすることが計画されたが、地元商業関係者等の反対を受け、延期された[7]。
沿革
[編集]- 1878年(明治11年)9月 - 熊本地方裁判所大分支庁(後の大分始審裁判所、大分地方裁判所)が外堀通りに庁舎を新築移転[8]
- 1886年(明治19年) - 大分始審裁判所新庁舎完成[9]。
- 1891年(明治24年) - 府内城の堀が埋め立てられる[9]。
- 1916年(大正5年) - 九州水力電気(後の九州電力)が支店を新築[9]。
- 1945年(昭和20年)7月 - 大分空襲により大分地方裁判所庁舎等が焼失(大分地方裁判所は大分県立盲唖学校校舎を仮庁舎とした後、1949年(昭和24年)に荷揚町に移転)[8]。
- 1975年(昭和50年) - 国道10号の金池バイパスが開通。
脚注
[編集]- ^ a b 大分市中心市街地グランドデザイン 平成24年8月9日第9回意見交換会資料 (PDF) 大分市
- ^ a b 大分都市計画区域マスタープラン 別府湾広域都市圏 概要版 改訂 (PDF) 大分県土木建築部都市計画課
- ^ おおいた土木未来(ときめき)プラン 2005 (PDF) 大分県土木建築部
- ^ 府内の町割り おおいた情報大事典 大分朝日放送、2013年3月9日
- ^ 各駅停車・大分県歴史散歩 ふるさとの駅(2)大分 (PDF) 梅木秀徳著、大分合同新聞社編、2007年3月9日
- ^ 完成まぢかの金池バイパス 広報おおいた 1975年10月号 大分県
- ^ “交差点切り替え延期 地元からの反対を受け”. 2013年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月13日閲覧。 大分合同新聞、2013年9月27日
- ^ a b 大分地方検察庁の紹介 大分地方検察庁
- ^ a b c 大分今昔 (10) 外堀かいわい (PDF) 、渡辺克己著、大分合同新聞社編、2008年1月15日
外部リンク
[編集]- 大分今昔(10)外堀かいわい (PDF) 、渡辺克己、2008年1月15日、大分合同新聞社