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外岡裕子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
獲得メダル
日本の旗 日本
柔道
フランス国際
1998 パリ 78kg級
世界学生
1998 プラハ 78kg級
世界ジュニア
1994 カイロ 72kg超級

外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は茨城県出身の日本柔道家。現役時代は72kg超級及び78kg級の選手。身長164cm。体重84kg[1][2]

経歴

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柔道は明光中学に入学してから始めた[2]。3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級の準決勝で阿武教子と対戦するが、送襟絞で敗れて3位だった[1]土浦日大高校へ進むと、2年の全国高校選手権72kg超級決勝では柳川高校2年の阿武に注意で敗れた。3年の選抜体重別では準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった[2]金鷲旗決勝の柳川高校戦では副将として大将の阿武と対戦するが、あと10秒守りきれば引き分けとなってチームが優勝するという場面で注意を与えられると、終了1秒前には内股で投げられた。続く大将の岡安孝枝も阿武に崩袈裟固で敗れたことにより、後一歩のところで優勝を逃すことになった[3]インターハイでは予選リーグで柳川高校と同じ組に入ってしまうが、競い勝って決勝トーナメントに進むものの、準決勝の夙川学院高校戦では岡安が一本負けしたことで3位にとどまった[2]世界ジュニアでは準決勝で身長2mを越す中国の劉シンユンから大内刈で有効を取って勝利すると、決勝ではブラジルの選手を合技で破って優勝を飾った[1][4]帝京大学に進学すると、1年の時には選抜体重別準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった。無差別で争われる学生選手権では1年生ながら優勝を飾った[2]全国女子体重別では決勝で日体大2年の二宮美穂に敗れて2位だった。2年の正力杯では拓殖大学3年の妹尾ひでみに敗れて2位だった[1]。全国女子体重別でも決勝で二宮に敗れた。3年になると階級を78kg級に変更した。フランス国際では3位となった。4年の時には全国女子体重別と世界学生で3位に入った。大学を卒業後はセコムへ入社するが、際立った活躍は見られなかった。ライバルの阿武とは中学時代から何度となく対戦しながら、結局一度も勝てずに終わった[5]。2006年には全日本選手権で3位になったことのある2歳年下の大村昌弘と結婚した[6]

主な戦績

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72kg超級での戦績

78kg級での戦績

脚注

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  1. ^ a b c d 「平成8年度前期男女強化選手名鑑」近代柔道 ベースボールマガジン社、1996年8月号
  2. ^ a b c d e 「ZOOM IN 素顔 外岡裕子」近代柔道 ベースボールマガジン社、1995年12月号
  3. ^ 「平成6年度金鷲旗高校柔道大会」近代柔道 ベースボールマガジン社、1994年9月号 29頁
  4. ^ 「1994年世界ジュニア柔道選手権大会」近代柔道 ベースボールマガジン社、1995年1月号 48頁
  5. ^ 女子記録 - 全日本柔道連盟
  6. ^ 「NEWS&TOPICS」近代柔道 ベースボールマガジン社、2006年3月号 77頁

外部リンク

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  • 外岡裕子 - JudoInside.com のプロフィール(英語)