大垣市立江東小学校
表示
大垣市立江東小学校 | |
---|---|
北緯35度18分51秒 東経136度36分51秒 / 北緯35.31426度 東経136.61406度座標: 北緯35度18分51秒 東経136度36分51秒 / 北緯35.31426度 東経136.61406度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 大垣市 |
設立年月日 | 1873年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | B121220200119 |
所在地 | 〒503-0936 |
岐阜県大垣市内原3丁目135 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
大垣市立江東小学校(おおがきしりつ えひがししょうがっこう)は、岐阜県大垣市にある市立小学校。
概要
[編集]- 通学区域は島里1-3丁目、釜笛1-5丁目、外渕1-4丁目、川口1-4丁目、内原1-3丁目、横曽根町、横曽根1-5丁目、浅草1-4丁目、浅西1-4丁目、浅中1-3丁目、昭和1丁目であり、公立中学校の進学先は大垣市立江並中学校である[1]。旧・安八郡洲本村、浅草村に該当する。
- 通学区域にあたる地域は、江西排水路の東にあることから江東と呼ばれており、校名もそれに由来すると思われる。
- 1950年から2019年までは、大垣市立江東幼稚園を併設していた。
沿革
[編集]- 1873年(明治6年) -
- 1886年(明治19年) - 三餘義校が浅草簡易科小学校、淵静義校が淵静簡易科小学校、高遠第一義校が高遠簡易科小学校に、それぞれ改称する。
- 1890年(明治23年) - 浅草簡易科小学校が浅草尋常小学校、淵静簡易科小学校が淵静尋常小学校、高遠簡易科小学校が高遠尋常小学校に、それぞれ改称する。
- 1897年(明治30年)4月1日 -
- 1897年(明治30年)8月 - 淵静尋常小学校と高遠尋常小学校が統合され、両村尋常小学校となる。
- 1907年(明治40年)4月 - 浅草尋常小学校と両村尋常小学校が統合され、江東尋常小学校となる。統一校舎は無く、旧・浅草尋常小学校を第一分教場、旧・淵静尋常小学校を第二分教場、旧・高遠尋常小学校を第三分教場とする。
- 1915年(大正4年) - 農業補習学校を併設する。
- 1916年(大正5年) - 現在地に移転。
- 1941年(昭和16年) - 江東国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月 - 安八郡学校組合立江東小学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)10月1日 - 洲本村が大垣市に編入される。同時に大垣市安八郡学校組合立江東小学校に改称する。
- 1948年(昭和23年)6月1日 - 浅草村が大垣市に編入される。同時に大垣市立江東小学校に改称する。
- 1949年(昭和24年) - 大垣市立江東中学校を併設する。
- 1950年(昭和25年)4月 - 大垣市立江東幼稚園が開園する。江東小学校に併設される。
- 1967年(昭和42年) - 江東中学校と川並中学校が統合され、大垣市立江並中学校となる。併設の江東中学校は江並中学校江東教室となる。
- 1968年(昭和43年) - 江並中学校の統合校舎が完成し、江並中学校江東教室は廃止。江東小学校は単独校となる。
- 1972年(昭和47年) - 新校舎(鉄筋コンクリート造3階建)が完成。
- 1975年(昭和50年) - 校舎を増築。
- 1978年(昭和53年) - 校舎を増築。
- 1980年(昭和55年) - 校舎を増築。
- 2019年(平成31年)3月 - 江東幼稚園が廃園となる。