実光院
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実光院 | |
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所在地 | 京都府京都市左京区大原勝林院町187 |
位置 | 北緯35度7分14.1秒 東経135度50分2.9秒 / 北緯35.120583度 東経135.834139度座標: 北緯35度7分14.1秒 東経135度50分2.9秒 / 北緯35.120583度 東経135.834139度 |
山号 | 魚山 |
宗派 | 天台宗 |
寺格 | 勝林院塔頭 |
本尊 | 地蔵菩薩 |
法人番号 | 2130005001887 |
実光院(じっこういん)は、京都市左京区大原勝林院町にある天台宗の寺院[1]。大原寺勝林院の塔頭[2]。山号は魚山。本尊は地蔵菩薩。三千院の北にある[2]。寺紋は細川桜[3]である。
歴史
[編集]宝泉院とともに大原寺勝林院の塔頭の一つとして創建される。その後、後鳥羽天皇第10皇子の梶井宮門跡尊快法親王により、境内に後鳥羽天皇と順徳天皇の遺骨を安置して陵が造成された。
後に廃れてしまったが、応永年間(1394年 - 1428年)に宗信法印によって復興された。
1919年(大正8年)、境内にある後鳥羽天皇と順徳天皇の陵を整備するために宮内省の命令で移転することとなった。移転先は道を挟んで正面にある同じく勝林院の塔頭であった理覚院と普賢院の地である。両院とも既に無住となっていたが、この二院を統合してこの両院の地に移転することとなった。
こうして実光院があった旧地は、後鳥羽天皇大原陵と順徳天皇大原陵とされた。
境内
[編集]- 客殿 - 1921年(大正10年)に建てられた[4]。本尊として延命地蔵菩薩坐像が安置されており、脇侍には不動明王と毘沙門天が祀られる。床の間などには声明関係資料や楽器類が展示されており、バチが付属するものは自由に鳴らして実際に音色を確かめることができる。欄間には江戸時代中期の狩野派による十六詩仙画がかけられている[5]。
- 庫裏
- 庭園「契心園」 - 池泉鑑賞式庭園[6]。旧普賢院以来現存する庭園で、客殿の南側に位置する。江戸時代後期の作庭。律川から引いた滝を落とす心字池がある。心字池を三途の川、対岸の築山を極楽浄土に見立てている。築山の松は鶴を、池の島は亀を表している[7]。
- 五重石塔
- 旧理覚院庭園 - 池泉回遊式庭園。客殿の西側に位置する。旧理覚院の荒廃していた庭を歴代の住職が整備したもので、金毘羅山や小塩山を借景とするために庭木を低く仕立てた開放的な庭園となっている。多くの山野草が地植えされているため四季折々の花が楽しめる[8]。
- 不断桜 - 旧理覚院庭園には樹齢100年を超える十月桜が植えられており、不断桜と銘されている[2]。この桜は10月初旬に開花し、11月中頃に秋の満開を迎える。冬になると開花のペースが落ち花の量が減るがわずかづつ花を咲かせ、4月初旬に再び春の満開を迎える[9]。10月から翌年4月まで絶えずに花を咲かせ続けるため、秋には紅葉と桜、冬には雪と桜、春には石楠花と桜を同時に見ることができる。
- 茶室「理覚庵」 - 1975年(昭和50年)築。
- 山門
アクセス
[編集]- 京都バス停大原から徒歩11分。
脚注
[編集]- ^ “京都観光Navi:実光院”. 京都府. 2017年3月19日閲覧。
- ^ a b c “秋から春に咲く大原・実光院の不断桜/京都 [名所・旧跡]”. All About (2010年11月26日). 2017年3月19日閲覧。
- ^ 細川桜
- ^ 福岡秀樹『ゆっくり愉しむ京都仏像巡りベストガイド』2008年3月
- ^ 川端洋之 『古寺歩きの愉しみ』 淡交社 2009年4月24日 p.13
- ^ “京都 魚山大原寺「実光院」 ┃ 庭園”. 実光院. 2017年3月19日閲覧。
- ^ メディアユニオン『最新京の古寺あるき』2007年4月5日 p.57
- ^ 川端洋之 『古寺歩きの愉しみ』 淡交社 2009年4月24日 p.14
- ^ 「赤と薄桃色競演 大原・実光院で見ごろ」京都新聞2004年11月27日朝刊1面
参考文献
[編集]- 愛宕郡『洛北誌―旧京都府愛宕郡村』大学堂書店、1970年8月。
- メディア ユニオン『最新版 京の古寺あるき』実業之日本社、2007年4月。ISBN 978-4408592855。
- 福岡, 秀樹『ゆっくり愉しむ京都仏像巡りベストガイド』メイツ出版、2008年3月。ISBN 978-4780403756。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 公式ウェブサイト
- 実光院 (@jikko_in) - X(旧Twitter)