小笠原長直
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時代 | 室町時代 |
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生誕 | 不詳 |
死没 | 寛正2年11月13日(1461年12月14日)[1] |
戒名 | 守邦常護院殿 |
官位 | 民部大輔 |
幕府 | 室町幕府 |
主君 | 足利義政 |
氏族 | 清和源氏義光流石見小笠原氏 |
父母 | 父:小笠原長性[2][3] |
兄弟 | 長直、長信[3] |
妻 | 阿波(三好氏の娘)[3] |
子 | 長弘[3]、娘(高橋久光室)[3]、娘(吉見氏の室)[3] |
小笠原 長直(おがさわら ながなお)は、室町時代の武士。石見国邑智郡河本郷(現在の島根県邑智郡川本町)の温湯城を本拠とする国人・石見小笠原氏の第8代当主。
生涯
[編集]石見小笠原氏第7代当主・小笠原長性の嫡男として生まれ、家督を相続する前は石見国邑智郡都賀に住した[3]。
嘉吉3年(1443年)2月4日に父・長性が死去し[1]、その後を継いだ。
寛正2年(1461年)11月13日に死去[1]。嫡男の長弘が後を継いだ。
脚注
[編集]参考文献
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