尾張旭市立旭小学校
表示
尾張旭市立旭小学校 | |
---|---|
北緯35度12分42.1秒 東経137度2分12.7秒 / 北緯35.211694度 東経137.036861度座標: 北緯35度12分42.1秒 東経137度2分12.7秒 / 北緯35.211694度 東経137.036861度 | |
過去の名称 | 旭町立旭小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 尾張旭市 |
設立年月日 | 1873年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210007809 |
所在地 | 〒488-0804 |
愛知県尾張旭市西の野町5丁目1 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
尾張旭市立旭小学校(おわりあさひしりつ あさひしょうがっこう)は愛知県尾張旭市西の野町にある公立の小学校。
概要
[編集]- 校区は新居町(一部)、稲葉町、上の山町(一部)、北原山町、下井町(一部)、城前町(一部)、西大道町、西の野町、東大道町、向町、南原山町(一部)、向山(一部)であり、児童は尾張旭市立旭中学校、尾張旭市立東中学校に進学する[1][2]。
沿革
[編集]- 1873年(明治6年)9月 - 東春日井郡新居村に魁昇学校[注釈 1]として開校。退養寺[注釈 2]を仮校舎とする。
- 1876年(明治9年) - 新葉学校に改称する。
- 1878年(明治11年) - 井田村、瀬戸川村、狩宿村が合併し、三郷村となる。
- 1884年(明治17年) - 今村学校から稲葉村が離脱し、稲葉学校が開校する。後に稲葉尋常小学校に改称する。
- 1886年(明治19年)9月 - 新葉学校が印場村の斉場学校を統合する。同時に新居尋常小学校に改称する。
- 1891年(明治24年)9月 - 印場村が印場尋常小学校を設置し、新居尋常小学校から離脱する。
- 1906年(明治39年)7月16日 - 印場村、新居村、八白村が合併し、旭村が発足。
- 1907年(明治40年) - 稲葉尋常小学校が旭第二尋常小学校、新居尋常小学校が旭第三尋常小学校、印場尋常小学校が旭第四尋常小学校に改称する。
- 1908年(明治41年)5月 - 旭第二尋常小学校、旭第三尋常小学校、旭第四尋常小学校を統合し、高等科を設置。旭尋常高等小学校となる。本校は旧・旭第三尋常小学校を使用し、印場の旧・旭第四尋常小学校を印場分教場とする。
- 1912年(明治45年)1月 - 印場分教場が独立し、旭第三尋常小学校となる。
- 1917年(大正6年)4月28日 - 旭第一実業補習学校を併設する。
- 1935年(昭和10年)4月 - 青年学校を併設する。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 旭国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 旭村立旭小学校に改称する。
- 1948年(昭和23年)8月5日 - 旭村が町制施行し、旭町となる。同時に旭町立旭小学校に改称する。
- 1950年(昭和25年)4月 - 東部分校を設置する。
- 1951年(昭和26年)4月 - 本地原分校を設置する。
- 1952年(昭和27年)4月 - 東部分校が独立し、旭町立東栄小学校となる。
- 1954年(昭和29年)1月 - 本地原分校が独立し、旭町立本地原小学校となる。
- 1966年(昭和41年) - 新校舎(鉄筋コンクリート造)が完成する。
- 1970年(昭和45年)
- 1973年(昭和48年)10月 - 開校100周年を迎える。
- 1974年(昭和49年)6月 - 現在地に校舎を新築し、移転する。
- 1977年(昭和52年)12月 - 体育館が完成する。
- 1979年(昭和54年)3月 - プールが完成する。
- 2023年(令和5年)11月22日 - 創立150周年記念式典挙行。
交通アクセス
[編集]- 名鉄バスセンターより【33系統】「尾張旭向ヶ丘」行き。
- 瀬戸線尾張旭駅より【33系統】「名鉄バスセンター」行き、【85系統】「長久手古戦場駅」行き。
- 愛知高速交通東部丘陵線長久手古戦場駅より【85系統】「尾張旭向ヶ丘」行き。
周辺施設
[編集]- 尾張旭市立図書館
- 愛知県立旭野高等学校
- 尾張旭市立旭中学校
- 尾張旭市立東中学校
- 尾張旭市立西中学校
- 尾張旭市立渋川小学校
- 尾張旭市中部児童館
著名な卒業生
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]参考文献
[編集]- 尾張旭市誌 (尾張旭市誌編さん委員会 1971年) P.454 - 502
- 尾張旭市誌 現代編(尾張旭市誌編さん委員会 2011年) P.575 - 588