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山田匡通

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山田 匡通(凌雲)

山田 匡通(やまだ まさみち、あるいは山田凌雲、- りょううん、1940年5月5日 - )は、日本実業家イトーキ会長三菱証券元会長、東京顕微鏡院理事長)、指導者(三宝禅4代管長・正師家、凌雲軒山田大通)。

略歴

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学歴

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1940年5月5日、山田耕雲(山田匡蔵、のち東京顕微鏡院理事長)の子として満洲に生まれる[1]

1964年慶應義塾大学経済学部を卒業。1969年三菱銀行在職中にハーバード・ビジネス・スクールを修了(MBA)。

職歴

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1964年に旧三菱銀行に入行。1991年常務に就任し、東京銀行との合併を主導[2]。合併後、専務を経て、2002年に三菱証券(現、三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に出向して社長、のちに会長に就任[2]。2004年に東京急行電鉄常勤監査役を経て、2005年にイトーキ取締役、2007年に同会長就任。並行して2007年に東京顕微鏡院理事長、翌2008年にこころとからだの元氣ブラザ理事長に就任[3]。2017年より日本ファシリティマネジメント協会会長。

禅歴

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小学生の頃より父に坐禅を指導され、1956年に安谷白雲に師事、1964年に見性[2]、1978年に父の下で罷参(立職)、1991年に窪田慈雲嗣法、三宝禅指導者(正師家)となり[4]、2004年に4代目管長に就任。以降、参禅者やビジネスマンに禅を指導し、2010年代後半からはマインドフィットネスを提唱。2018年には宗教法人名を三宝教団から三宝禅に改称した[5]

家族

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父は三宝禅2代管長で東京顕微鏡院元理事長、日本油脂常務の山田耕雲[6]、母は医師で東京顕微鏡院名誉理事長の山田和江、姉は元朝日ジャーナル編集長下村満子、弟の山田洋輔三菱化学副社長。

弟子

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佐藤研(窮雲軒佐藤研眞、立教大学名誉教授、三宝禅指導者)

著作物

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  • 『マインドフィットネス入門 - 禅の瞑想によってあなたとあなたのビジネスが生まれ変わる - 』(ダイヤモンド社、2021年)

雑誌

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その他

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山田家は二本松藩家老の家柄である[6]

脚注

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  1. ^ 三宝禅>略史より。山田匡通「他人の幸せは自分の幸せと感じるように」(『プレジデント』2022年9月16日号所収)では福島県出身としている
  2. ^ a b c 山田匡通「他人の幸せは自分の幸せと感じるように」(『プレジデント』2022年9月16日号所収)
  3. ^ 東京顕微鏡院>現理事長の顔
  4. ^ 宗教情報リサーチセンター>データベース(新)>三宝教団
  5. ^ 三宝禅>公告
  6. ^ a b 山田匡通「母の教え35回-父と母から教えられた『禅』。禅がわたしの人生の支えです-」(『財界』62-23号、2014年11月)

参考文献

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  • 山田匡通「母の教え35回-父と母から教えられた『禅』。禅がわたしの人生の支えです-」(『財界』62-23号、2014年11月)
  • 山田匡通「他人の幸せは自分の幸せと感じるように」(『プレジデント』2022年9月16日号、プレジデント社、2022年)

外部リンク

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先代
窪田慈雲
三宝禅管長
第4代:2004 -
次代