山田茂 (陸軍軍人)
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山田 茂 | |
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生誕 |
1889年1月10日 日本 茨城県 |
死没 | 1977年3月18日(88歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1911年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
山田 茂(やまだ しげる、1889年(明治22年)1月10日[1] - 1977年(昭和52年)3月18日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。
経歴
[編集]1889年(明治22年)に茨城県で生まれた[1]。陸軍士官学校を卒業した(第23期)[1]。1937年(昭和12年)8月に独立工兵第3連隊長(第10軍のちに第11軍[3][4])に就任した[2]。日中戦争に出動し[1]、南京攻略戦、武漢攻略戦で武功をあげた[1]。1938年(昭和13年)7月、陸軍工兵大佐に進級し[2]、1940年(昭和15年)8月に工兵第114連隊長に転じた[2]。
1941年(昭和16年)10月15日、陸軍少将に進級し[2]、11月6日には台湾軍兵器部長に就任した[1]。1943年(昭和18年)6月に第4工兵隊司令官(第2方面軍・第2軍)に就任し[1]、ニューギニア戦線に出征して終戦までの悪戦苦闘を耐え抜いた[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 外山操・森松俊夫 編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。