峰ヶ城
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峰ヶ城(みねがじょう)は、鹿児島県薩摩川内市高江町にあった日本の城。別名峰山城、高江城。
概要
[編集]築城年代は不詳。しかし古く鎌倉時代から存在していた可能性があり、南北朝時代には戦乱にまみれている。
島津貞久(文永6年、1269年生)が拠点として構え、渋谷氏一族である入来院氏と争いを繰り広げていた。島津師久(正中2年、1325年生)が薩摩の守護職になり、峰ヶ城には山田式部三郎忠房を入れた。 応安5年(1372年)入来院氏は峰ヶ城を攻めたが、一族・入来院重門が投石に当たって戦死。同族が応援に来、山田式部三郎忠房らが戦死、落城した。しかし、その後も島津氏の属するところとなった。
江戸時代の一国一城令により廃城、跡地には峯山松嶺寺が建立されたものの、明治2年(1869年)、廃仏毀釈令で廃寺。同年、寺の建築材を用いて村立手習所が建築され、明治5年(1872年)には峰山小学校(現在の薩摩川内市立峰山小学校)が設置された。