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工藤嘉七

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

工藤 嘉七(くどう かしち、前名・嘉治[1]1913年大正2年)6月[2] - 没年不明)は、日本地主[2]家主[1]商人(海陸物産商[3]米穀[4])、工藤合資代表社員[5][6]。族籍は北海道平民[3][4]

人物

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北海道・工藤嘉七の六男[2][4][6]。亀井喜一郎の[4]家督を相続し前名・嘉治を改め襲名した[4]。海陸物産商[3]、米穀商を営み[4]、地主として知られた[2]。北海道在籍[2]。住所は北海道函館市元町[5][6]

家族・親族

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工藤家
  • 祖母・タミ1846年 - ?、青森、苅田定吉の二女)[4]
  • 父・嘉七[2][4]
  • 母・イト1871年 - ?、北海道、三浦幸吉の長女)[4]
    • ヨシ[5][6]
    • ヒデ(北海道、藤浪源六の長男・源太郎の妻)[2][4]
    • キヨ(北海道、工藤嘉一郎の妻)[5][6]
    • アキ滋賀、中川吉次郎の妻)[5][6]
    • アサ新潟、遠藤長次郎の妻)[5][6]
親戚

脚注

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  1. ^ a b 『大衆人事録 第14版 北海道・奥羽・関東・中部篇』北海道21頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第9版』ク4頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月23日閲覧。
  3. ^ a b c d 『人事興信録 第6版』く14頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月23日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j 『人事興信録 第7版』く3頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月23日閲覧。
  5. ^ a b c d e f 『人事興信録 第11版 上』ク3頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月23日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第12版 上』ク3頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年10月12日閲覧。

参考文献

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  • 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937-1939年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版 北海道・奥羽・関東・中部篇』帝国秘密探偵社、1943年。