地球自由振動
地球自由振動(ちきゅうじゆうしんどう、英語: free oscillations of the earth)とは、巨大地震が発生した際に、地震波によって地球全体が振動する現象のことである[1]。1960年に起きたチリ地震(M9.5)の際に初めて明瞭に観測された[2][3]。
概要
[編集]マグニチュード(M)8を超えるような巨大地震が世界中のどこかで発生すると、地震波(主にラブ波やレイリー波などの表面波)が地球を何周もし[4]、その波が重なり合って生じた定常波(定在波)が[5]地球全体の振動として観測され、数週間にわたって継続する[1]。これを「地球自由振動」という[1]。
地球の自由振動は、鐘をつくと固有の音が発生するのとよく似た現象である[1]。振動は高精度の長周期地震計によって記録され[1]、検出にはひずみ計や重力計も用いられる[6]。周期(周波数)は地球の内部構造により定まっていて[1][7]、数分 - 1時間程度である[8]。なお振幅は強い地震動に比べると小さく、例えば2004年のスマトラ島沖地震(M9.1)では、約1か月後の時点で約10マイクロメートル程度である[8]。
種類
[編集]地球自由振動は、次の2種類に大別される[1][4][7][9]。
- 伸び縮み振動 (spheroidal oscillation)
- 体積の変化を伴い、膨張・収縮を繰り返す。Sと表現される[10]。
- 地球がラグビーボールのように変形したり、風船のようにふくらんだりつぼんだりする[1]。
- P波・SV波・レイリー波は伸び縮み振動に対応する[1][10]。
- ねじれ振動 (toroidal oscillation)
これらの振動には、複数の振動パターン(モード)がある[4][7]。前述のは球関数の次数、は振動の節の地球半径方向の数で、2値の違いによって規定される[1]。
たとえば、伸び縮み振動のうち地球が平らになったり細長くなったりする0S2モード(フットボールモード)の場合[11]、伸び縮みの周期は約54分[12]。0S8モードの場合は約12分、0S29モードの場合は約4分半[12]。また0S0は地球が半径方向に一様に伸縮するモードで、この周期は約20分半である[8]。
次数が大きな高次モードほど、地球表面の浅い層に限られた振動となり、周期2 - 3分ではほぼ上部マントル限定となる[5][注 1]。
研究史・観測例
[編集]地球が弾性球の性質をもち自由振動をしうるという理論は19世紀末からあって、後に弾性球地球モデルの固有周期の研究が行われていた[14][5]。特に、ラブ波の理論を証明した[15]オーガストゥス・ラブにより20世紀初頭にその理論的基礎が築かれたが、まだ予測されていたのみで実際の観測例がなかった[5]。
地球自由振動の存在が確認されたのは1960年に起きたチリ地震(M9.5[16])で[1][17]、ひずみ地震計や重力計などによって明瞭に観測され[12]、その値が理論的に予測されていたものとよく一致した[5]。なお、明瞭に観測されたのはチリ地震が初めてだが[3][5]、1952年のカムチャツカ地震(M9.0[16])の直後にヒューゴー・ベニオフは予測に基づいて自らのひずみ地震計の記録を精査し、約57分周期の振動らしきものを見出している[5]。
2004年のスマトラ島沖地震(M9.1[16])や2011年の東北地方太平洋沖地震(M9.0[18])などの際にも地球自由振動は観測されている[8][19]。
スマトラ島沖地震の際には、200 - 300秒の周期帯の表面波でピークが約3時間ごとに少なくとも8回観測されたあと[20]、0S0モード(約20分周期)の地球自由振動が3か月間にわたって観測され、約1か月後の時点で加速度振幅0.03マイクロガル程度・変位振幅約10マイクロメートル程度であった[4][8]。
また、地球自由振動の解析を通じて、震源過程や地球の内部構造などの研究が行われている[12][21][22]。ハロルド・ジェフリーズやベノー・グーテンベルグの地球の内部構造モデルを用いた振動周期の理論値は、地球を完全な弾性体とすると細部に違いが出てくる。しかし、実際の地球がもつ非弾性的性質を加味した補正を加えると、はじめ考えられたよりもその違いは小さなものとなり、モデルの正しさが確かめられている[5]。
常時地球自由振動
[編集]かつて、地球自由振動は巨大地震のときにだけ発生する現象と考えられていたが、1998年に名古屋大学を中心とする研究グループが、地震が起きていないときでも周期数百秒の帯域で地球自由振動が常に発生していることを見出した[12][17][23]。これを「常時地球自由振動」という[12][24][注 2]。
固体地球は地震が起きていないときでも常に揺れていて[25][26]、微小な常時振動現象として「常時地球自由振動」や「脈動」と定義されている[25][26][27]。これらは長らく地震観測上の単なるノイズであるとも考えられてきた[23][26]。
脈動は周期が約5秒 - 20秒、常時地球自由振動は周期数100秒程度[25][26]。なお、長周期のため振動によって人が揺れを感じることはない[25]。常時地球自由振動の加速度振幅はミリヘルツ(mHz)帯において平均0.5ナノガル(0.0005マイクロガル)程度[24]。その振幅には季節変動や半年周期の変動がみられ[24][27][28]、いくつかの特定の周期で振幅が大きいこと[24][28]なども知られている。
脈動や常時地球自由振動の原因は、主に大気や海洋の擾乱が固体地球を常に「叩く」ことと考えられている[23][25][26][28]。具体的には、大気の特に境界層の乱流[24]や、海洋の重力波[27]などが挙げられる。微小地震は原因ではないと考えられていたが[28]、沈み込み帯近傍では脈動より周期の短い常時振動がみられるという報告もある[25]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l 島崎.
- ^ 宇津徳治. "チリ地震". 改訂新版 世界大百科事典. コトバンクより2024年9月11日閲覧。
- ^ a b "チリ地震". ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンクより2024年9月11日閲覧。
- ^ a b c d 西田究. “地球自由振動”. 2022年1月17日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 溝上 1987, p. 423.
- ^ “高密度GPSアレイによる2011年東北巨大逆断層地震後の地球自由振動の観測”. Research Abstract. Scientific Reports (2012年12月5日). 2024年9月1日閲覧。
- ^ a b c “2004年12月26日 スマトラ島西方沖の地震 自由振動”. Topics. 防災科学技術研究所. 2024年8月30日閲覧。
- ^ a b c d e 佐藤忠弘「今も続くスマトラ島西方沖地震による地球自由振動」『国立天文台ニュ-ス』第141巻、3-4頁、2005年4月 。2022年1月17日閲覧。
- ^ 宇津 2001, p. 62.
- ^ a b c d 地震の事典, p. 89.
- ^ 宇津 2001, p. 63.
- ^ a b c d e f g 「第3部応用編 常時地球自由振動-1」『Webテキスト測地学 新装訂版』2015年 。2024年8月31日閲覧。
- ^ 島崎邦彦. "レーリー波". 改訂新版 世界大百科事典. コトバンクより2024年9月11日閲覧。
- ^ 宇津 2001, p. 109.
- ^ 島崎邦彦. "ラブ波". 改訂新版 世界大百科事典. コトバンクより2024年9月11日閲覧。
- ^ a b c “20 Largest Earthquakes in the World Since 1900”. Earthquake Hazards Program. United States Geological Survey(アメリカ地質調査所) (2019年6月26日). 2024年9月19日閲覧。
- ^ a b 西田究. “常時地球自由振動”. 東京大学地震研究所. 2022年1月17日閲覧。
- ^ “日本付近で発生した主な被害地震(平成18年~平成27年)”. 気象庁. 2024年9月19日閲覧。
- ^ 「長周期の地震波 少なくとも地球5周 東日本大震災」『日本経済新聞』2011年3月24日。2022年1月18日閲覧。
- ^ 吉澤和範「2004年スマトラ沖地震で発生した地球を周回する表面波」『なゐふる』第49巻、日本地震学会、2005年5月、6頁、CRID 1010000781950452229、2024年9月15日閲覧。
- ^ 須田直樹「地球自由振動の解析による地球内部構造の研究」、名古屋大学、1991年、CRID 1110564260167956864。
- ^ “常時地球自由振動の発見”. 国立極地研究所. 南極地球物理学ノート No.29 (2014年4月12日). 2024年9月1日閲覧。
- ^ a b c 西田究. “地震以外の“揺れ”から探る地球内部構造”. 東京大学地震研究所. 2024年8月31日閲覧。
- ^ a b c d e 小林直樹、久須見健弘、須田直樹「常時自由振動と超低周波音波」『日本惑星科学会2007年秋季講演会予稿集』2007年、doi:10.14909/jsps.2007f.0.89.0。
- ^ a b c d e f “南海トラフの微小地震活動によって励起された地球の常時振動 常時振動の新しい励起源の発見”. プレスリリース. 海洋研究開発機構 (2015年1月29日). 2024年9月11日閲覧。
- ^ a b c d e 西田究. “常時地球自由振動の相互相関解析によって明らかとなった、全球的に伝わる実体波”. 東京大学地震研究所. 2024年8月31日閲覧。
- ^ a b c “S22P-07 常時地球自由振動の振幅の時系列解析”. 日本地震学会2019年度秋季大会 特別セッション. 日本地震学会. 2024年9月11日閲覧。
- ^ a b c d 「第3部応用編 常時地球自由振動-2」『Webテキスト測地学 新装訂版』2015年 。2024年8月31日閲覧。
参考文献
[編集]- 宇津徳治『地震学』(第3版)共立出版、2001年。ISBN 978-4-320-04637-5。
- 宇津徳治・嶋悦三・吉井敏尅・山科健一郎『地震の事典』(第2版)朝倉書店、2001年。ISBN 978-4-254-16039-0。
- 溝上恵「地球の音響診断」『日本音響学会誌』第43巻第6号、1987年、416-424頁、doi:10.20697/jasj.43.6_416。
- 島崎邦彦. "地球自由振動". 改訂新版 世界大百科事典. コトバンクより2024年9月11日閲覧。
- 『Webテキスト測地学 新装訂版』日本測地学会、2015年 。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Lucien Saviot, "Free oscillations of the Earth" - 地球自由振動のアニメーションモデル