コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

平野将光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
平野 将光
西武時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県川口市
生年月日 (1983-06-28) 1983年6月28日(41歳)
身長
体重
186 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト1巡目
初出場 2008年5月3日
最終出場 2014年8月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

平野 将光(ひらの まさみつ、1983年6月28日 - )は、埼玉県川口市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

経歴

[編集]

プロ入り前

[編集]

中学校時代は軟式野球部に所属し埼玉県大会で優勝。浦和実業高校から平成国際大学へ進みリーグ通算5勝[1]2006年社会人野球JR東日本東北に入社。ここで素質が開花し、攝津正と2枚看板として活躍した。第78回都市対抗野球大会に補強選手で出場[1]。大学の先輩と後輩にはチームメイトとなる山崎敏牧田和久がいた。

2007年大学・社会人ドラフトで埼玉西武ライオンズから1巡目で指名を受けて入団[2]。この年不正スカウト問題で西武は高校生ドラフトの1・2順の指名権をはく奪され、「高校BIG3」と言われた由規中田翔唐川侑己には指名参加できなかったため、平野により注目が集まった。なお、入団当初の背番号は19だった。

西武時代

[編集]

2008年には、5月3日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)に2番手投手として一軍デビューを果たしたが、1回2/3を投げて5失点という内容で5月8日に出場選手登録を抹消された[3]。7月8日の再登録[4]を経て、7月23日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(西武ドーム)で一軍初先発。5回2/3を投げて3失点(自責点2)という内容で一軍初勝利を挙げたため、試合後には自身初のヒーローインタビューを経験した。

2009年には、4月16日の福岡ソフトバンクホークス戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)7回裏から救援で登板。3イニングを無失点に抑えた末に、一軍での初セーブを挙げた。

2010年には、7月15日の対北海道日本ハムファイターズ戦(西武ドーム)で一軍初完封勝利を記録[5]。シーズン通算では、一軍公式戦で4勝4敗という成績を残した。フレッシュオールスターゲームでは、左肩痛で出場を辞退した同僚の菊池雄星に代わって補充選手に選ばれた[6]が、実際には登板の機会がなかった[7]

2011年には、6月4日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で一軍初ホールドを記録した。一軍公式戦には8試合に先発。1試合で完投したものの、0勝5敗で終わっている。

2012年はシーズン初登板となった5月27日の阪神タイガース戦で6回1失点(自責点0)と好投し、勝利投手の権利を保持していたが[8]、救援した長田秀一郎クレイグ・ブラゼルに同点本塁打を浴び、勝利投手を逃した[9]。その後も2試合に先発登板したが、いずれも序盤のリードを守れなかったため[10][11]、シーズン未勝利に終わった。シーズン終了後に、背番号を23へ変更した[12]

2013年には、左脇腹痛などの怪我の影響[13]で、入団後初めて一軍公式戦への登板機会がなかった。

2014年には、8月14日の対オリックス・バファローズ戦(西武ドーム)で、救援投手として自身2年ぶりの一軍登板を果たした。その一方で、8月30日の同カードでは、2死を取っただけで7失点を記録。翌8月31日に登録を抹消される[14]と、そのままシーズンを終えた。

2015年には2年ぶりに、シーズンを通じて二軍で過ごした。10月27日に球団から戦力外通告を受けたこと[15]を機に、現役を引退した。

引退後

[編集]

2016年より球団職員となり、球団合宿所「若獅子寮」の副寮長兼育成担当に就任[16]2017年からは二軍用具担当兼マネジャー補佐、2020年からは二軍マネージャー専任[17]

プレースタイル

[編集]

しなやかな腕の振りから繰り出される平均球速143km/h[18]、最速151km/hのストレートが持ち味。スライダーや決め球のフォークボールなども投げるが、現役時代には「ストレートが武器だと思っているので、小手先に頼らず直球勝負したいです」と語っていた。

詳細情報

[編集]

年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
2008 西武 11 3 0 0 0 1 2 0 0 .333 128 25.0 41 6 11 0 0 21 3 0 29 23 8.28 2.08
2009 5 2 0 0 0 0 1 1 0 .000 87 19.2 18 3 10 1 1 15 1 0 12 12 5.49 1.42
2010 11 11 1 1 0 4 4 0 0 .500 275 65.2 71 11 14 0 3 34 3 0 32 32 4.39 1.30
2011 23 8 1 0 0 1 6 0 1 .143 282 64.0 72 10 22 1 2 36 5 0 41 32 4.50 1.47
2012 3 3 0 0 0 0 0 0 0 .000 61 14.0 19 3 2 0 0 5 1 0 6 5 3.21 1.50
2014 7 0 0 0 0 0 0 0 1 .000 43 8.1 10 1 8 1 0 4 0 0 8 8 8.64 2.16
NPB:6年 60 27 2 1 0 6 13 1 2 .316 876 196.2 231 34 67 3 6 115 13 0 128 112 5.13 1.52

記録

[編集]

背番号

[編集]
  • 19(2008年 - 2012年)
  • 23(2013年 - 2015年)

脚注

[編集]
  1. ^ a b プロ野球プレイヤーズ名鑑2008 スポーツニッポン新聞社
  2. ^ ドラフトの目玉であった長谷部康平服部泰卓を抽選で外したために急遽指名。俗にいう「外れの外れ」。
  3. ^ 一軍登録・抹消情報埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2008年5月8日配信
  4. ^ 一軍登録・抹消情報埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2008年7月8日配信
  5. ^ レオに救世主!平野、3年目プロ2勝目が初完封 スポニチ Sponichi Annex
  6. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2010 出場者
  7. ^ 2010年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果
  8. ^ 2012年5月27日【公式戦】試合結果(阪神vs埼玉西武)”. NPB. 2022年12月5日閲覧。
  9. ^ 【西武】1点差守れない…継投負け - プロ野球ニュース”. nikkansports.com. 2022年12月5日閲覧。
  10. ^ 2012年6月9日【公式戦】試合結果(読売vs埼玉西武)”. NPB. 2022年12月5日閲覧。
  11. ^ 2012年6月25日【公式戦】試合結果(オリックスvs埼玉西武)”. NPB. 2022年12月5日閲覧。
  12. ^ 2013年 背番号のお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  13. ^ 【西武】平野200万減「何もしてない」 nikkansports.com 2013年12月6日掲載
  14. ^ 公示(出場選手登録・抹消) 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  15. ^ 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について埼玉西武ライオンズ公式サイト 2015年10月27日配信
  16. ^ 平野将光・松下建太両投手について埼玉西武ライオンズ公式サイト 2015年11月4日配信
  17. ^ ライオンズ「チームスタッフ物語」「一番大変だけど楽しい」元ドライチ右腕が語る二軍マネジャーの仕事/ライオンズ「チームスタッフ物語」Vol.10”. 週刊ベースボールONLINE (2020年11月23日). 2021年3月2日閲覧。
  18. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、39頁頁。ISBN 978-4-905411-04-8 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]