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恒弘法親王(ごうこうほっしんのう、永享3年(1431年) - 永正6年閏8月8日(1509年9月21日))は、室町時代の皇族。初名は恒興[1]。
常盤井宮直明王の第2王子。亀山天皇の皇玄孫。常盤井宮は弟の全明親王が継いだので、嘉吉3年(1443年)に出家。また、宝徳元年(1449年)に伏見宮貞成親王(後崇光院)の猶子となる。宝徳3年(1451年)東大寺別当となる。永正6年(1509年)閏8月8日、薨去[1]。
亀山天皇 - 恒明親王 - 全仁親王 - 満仁親王 - 直明王 - 全明親王 - 恒直親王 - 恒弘法親王