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手島雄介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

手島 雄介(てしま ゆうすけ、1983年1月26日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元モーターサイクルロードレースライダー。現レーシングチーム監督。

愛称は「テッシー」。身長172cm、体重65kg、B型

2007年より加藤大治郎の遺志を継ぎ、ポケバイの「74Daijiro」を使用してのライディングスクールを開催している。

略歴

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9歳でポケバイを始め、デビュー戦を優勝で飾る。中学生でミニバイクレースに転向。ミニバイク時代や125cc時代は地震で参戦車両のメンテナンスをしていた。

それまで家族のサポートでレース活動を続けてきたが、2000年にヤマハ系名門チームのSP忠男レーシングに加入し、SP250クラスにデビュー。初戦で2位表彰台を獲得する。同年夏に開催された鈴鹿4時間耐久ロードレースに出場、ペアを組んだ三瓶陽介と共に17歳コンビで優勝を飾る。

2001年、ST600に転向。ST600イーストエリアチャンピオンを獲得。

2002年全日本ロードレース選手権のST600クラスにデビュー、第6戦スポーツランドSUGO大会で全日本初優勝を飾る。

2004年、全日本ロードレース選手権第6戦鈴鹿を欠場し、FIMアジアチャレンジカップ選手権に参戦。第1レース優勝、第2レース準優勝で国際レースデビューを飾る。

2005年、ヤマハ陣営のSP忠男レーシングから、ホンダ陣営のF.C.C.TSRへ移籍し 、全日本ST600クラスに参戦。鈴鹿8時間耐久ロードレースではXX-F Div.1クラス優勝(総合4位)。

2006年、全日本ロードレース選手権JSBクラスへステップアップ。MFJスーパーバイク・JSB新人賞獲得。

2007年、F.C.C.TSRからHRC(HONDAワークス)へ移籍。しかし同年、翌2008年と負傷により不本意なシーズンとなった。

2009年、ホンダワークスの全日本ロードレース選手権撤退により、古巣TSRへ復帰し全日本ST600に参戦、年間チャンピオンを獲得。

2010年MotoGPのMoto2クラスに参戦するJiRチームからのオファーを受け、第7戦から第11戦までスポット参戦した。

2024年現在は全日本ロードレース選手権に参戦する「日本郵便 Honda Dream TP」の監督を務める。

戦績

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  • 2000年 鈴鹿SP4時間耐久レース 17歳ペアで優勝
  • 2001年 ST600 イーストエリアチャンピオン
  • 2002年 全日本ロードレース選手権ST600 シリーズランキング位
  • 2003年 全日本ロードレース選手権ST600 シリーズランキング7位
  • 2004年 FIM ST600アジアチャレンジカップ RD.4マレーシア戦優勝
全日本ロードレース選手権ST600 シリーズランキング7位
全日本ロードレース選手権ST600 シリーズランキング2位
全日本ロードレース選手権JSB1000 シリーズランキング12位
全日本ロードレース選手権JSBシリーズランキング12位
全日本ロードレース選手権JSB1000 シリーズランキング14位
  • 2009年 全日本ロードレース選手権ST600 シリーズチャンピオン
  • 2010年 ロードレース世界選手権Moto2 第7戦 - 第10戦に参戦、ランキング39位
  • 2010年 ロードレース世界選手権Moto2 第14戦にスポット参戦しリタイア
  • 2011年 全日本ロードレース選手権ST600ランキング23位 MotoMap SUPPLY スズキ・GSX-R600
  • 2012年 全日本ロードレース選手権ST600ランキング5位 CLUB PLUS ONE ホンダ・CBR600RR

鈴鹿8時間耐久ロードレース

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開催年 マシン チーム パートナー 総合順位
2007年 CBR1000RR F.C.C. TSR ZIP-FM Racing Team 伊藤真一 3位
2008年 CBR1000RRW DREAM Honda Racing Team 高橋裕紀 / ジョナサン・レイ リタイア
2012年 CBR1000RR TOHO Racing with MORIWAKI 山口辰也 / 高橋裕紀 2位
2016年 CBR1000RR 日本郵便 Honda 熊本レーシング 吉田光弘 / 小島一浩 41位

外部リンク

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