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斎俊男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
斎 俊男
生誕 1892年11月5日
日本の旗 日本 福島県
死没 (1946-05-03) 1946年5月3日(53歳没)
シンガポール チャンギー
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1913年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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斎 俊男(いつき としお[1]1892年明治25年)11月5日[2] - 1946年昭和21年)5月3日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

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1892年(明治25年)に福島県で生まれた[2]陸軍士官学校第25期卒業[2]1939年(昭和14年)3月9日陸軍歩兵大佐に進級し[1]8月1日歩兵第57連隊長(第1師団)に就任して満州に駐屯[1][3]1941年(昭和16年)12月に和歌山連隊区司令官に転じた[1]

1943年(昭和18年)3月1日に陸軍少将に進級し[1]3月13日に北千島守備隊司令官に就任し[2]幌筵島で守備に就いた[4]10月1日に第2歩兵団長に転じ[2]ガダルカナル敗退後の第2師団再建のためにシンガポールに出征[2][5]1944年(昭和19年)2月14日に独立混成第36旅団長(第29軍)に就任し[2]、カーニコバル島の守備に任じた[2]

独立混成第36旅団長在任時にカーニコバル島の住民をスパイ犯にでっちあげて虐殺したとして[6]、戦犯指名された[6]。住民の取り調べに当たった部下の監督責任を問われ[6][7]、死刑判決が下ったが[7]、裁判での潔い態度から銃殺刑となった[7]1946年(昭和21年)5月3日にチャンギーで執行された[2]

脚注

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  1. ^ a b c d e 外山 1981, 340頁.
  2. ^ a b c d e f g h i j 福川 2001, 83頁.
  3. ^ 伊藤 2021, 316頁.
  4. ^ 伊藤 2021, 317頁.
  5. ^ 伊藤 2021, 318頁.
  6. ^ a b c 伊藤 2021, 319頁.
  7. ^ a b c 伊藤 2021, 320頁.

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 伊藤禎 著『大東亜戦争 戦犯として処刑された陸軍将官36人列伝』展望社、2021年。ISBN 4885464056