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日本国現報善悪霊異記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本国現報善悪霊異記』(にほんこくげんほうぜんあくりょういき)は、平安時代初期に書かれ、伝承された最古の説話集で『日本霊異記』と略して呼ぶことが多い。著者は景戒。上・中・下の三巻。変則的な漢文で表記されている。

成立事情と説話の背景

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成立年ははっきりしないが、序と本文の記述から、弘仁13年 (822年) とする説がある。著者は奈良右京の薬師寺の僧、景戒である。景戒は、下の巻三十八の自叙伝において妻子とともに俗世で暮らしていたと記しており、国家の許しを得ない私度僧に好意的で、自身も若い頃は私度僧であったが後に薬師寺の官僧になったという。生国は、紀伊国名草郡。

説話の舞台と世相

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上巻に35話、中巻に42話、下巻に39話[注 1]。で、合計116話が収められる。それぞれの話の時代は奈良時代が多く、古いものは雄略天皇の頃とされている。場所は東は上総国、西は肥後国と当時の物語としては極めて範囲が広い。その中では畿内と周辺諸国が多く、特に紀伊国が多い[注 2]

『霊異記』の説話は、行基とその朋党が、民間布教と社会事業の実践のため遍歴した地域と重複する所が少なくない。また、遠国の説話には紀伊氏・大伴氏一族のかつての勢力圏や吉士氏の勢力圏の紀伊・大阪湾沿岸、ならびに二次入植地の東国と結び付くものが認められる[1]

登場する人物は、庶人、役人から貴族、皇族に及び、僧も著名な高僧[注 3]から貧しい乞食僧まで出てくる。

その一方で、景戒が属する興福寺や法相宗薬師寺・行基集団などを含む)を称賛する説話を多数収録する反面、道慈鑑真ら他宗の僧侶などに関する逸話を忌避しているという見方もあり[2]、特に失明や眼病を悪行による仏罰であるとする説話を意図的に取り上げることで暗に(来日時に失明した)鑑真を否定的に評価する意図を有していたとする研究者もいる[3]

田に引く水をめぐる争い(上巻第3)、盗品を市で売る盗人(上巻第34、第35、下巻第27)、長期勤務の防人の負担(中巻第3)、官営の鉱山を国司が人夫を使って掘ること(下巻第13)、浮浪人を捜索して税をとりたてる役人(下巻第14)、秤や桝を使い分けるごまかし(下巻第20、第26)など、説話自体が事実を伝えるものではないとしても、その主題から外れた背景・設定からは、当時の世相を窺い知ることが出来る。

また、性愛を扱った説話も収められている。例えば、生まれた息子を愛するあまりに陰茎を啜るようになった母が三年で病を得、臨終の際に子の陰茎を吸いながら「わたしは、今後次々に生まれ変わって、後の世でいつもそなたと夫婦になります」[4]と言い残し死ぬ。この母が隣家の娘に生まれ変わったのちに息子と結婚し、前世の墓の前で夫婦で嘆くといった奇譚などがある(中巻「女人. 大蛇に婚はれ薬の力に頼りて命を全くすること得る縁 第四十一」中の挿話 )。

説話の主題と思想

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編纂の目的から、奇跡や怪異についての話が多い。『霊異記』の説話では、善悪は必ず報いをもたらし、その報いは現世のうちに来ることもあれば、来世で被ることも、地獄で受けることもある。説話の大部分は善をなして良い報いを受けた話、悪をなして悪い報いを受けた話のいずれか、あるいはその両方だが、一部には善悪と直接かかわりない怪異を記した話もある。

仏像と僧は尊いものである。善行には施し放生といったものに加え、写経や信心一般がある。悪事には、殺人や盗みなどの他、動物に対する殺生も含まれる。狩りや漁を生業にするのもよくない。とりわけ悪いこととされるのが、僧に対する危害や侮辱である。と、これらが『霊異記』の考え方である。

転生が主題となる説話も多い。説話の中では、動物が人間的な感情や思考をもって振る舞うことが多く、人間だった者が前世の悪のために牛になることもある。

諸本

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『日本霊異記』の古写本には、平安中期の興福寺本(上巻のみ、国宝)、来迎院本(中・下巻、国宝)、真福寺本(大須観音宝生院蔵、中・下巻、重要文化財)、前田家本(下巻、重要文化財)、金剛三昧院(高野山本、上中下巻)などがあり、興福寺本と真福寺本が校注本においても底本に用いられることが多い(『日本霊異記』の諸本については小泉道『日本霊異記諸本の研究』1989)。

「日本霊異記」刊行一覧

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  1. 1975年11月 448p ISBN 409-6570060
  2. 新編 1995年9月。491p ISBN 409-6580104
  1. 1978年12月発行。209p。ISBN 4061583352
  2. 1979年4月発行。279p。ISBN 4061583360
  3. 1980年4月発行。320p。ISBN 4061583379
  1. 1997年11月発行。246p。ISBN 448008391X
  2. 1997年12月発行。318p。ISBN 4480083928
  3. 1998年1月発行。346p。ISBN 4480083936
  1. 1996年12月発行。325p。ISBN 4002400301
  1. 1978年12月発行、新版1993年。446p ISBN 4881423096

脚注

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注釈

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  1. ^ この巻は景戒の生存期と近接または重複し、紀井国関係の説話が収録されている[1]
  2. ^ 上巻2話(5・34)、中巻3話(1・11・32)、下巻13話(1・2・10・16・17・25・28・29・30・32・33・34・38)の18話、そのうち名草郡に関する説話は7話(上5、中32、下16・28・30・34・38)を占めている[1]
  3. ^ 行基に関する説話が7話(上巻5、中巻2・7・8・12・29・30)も収録されている[1]

出典

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  1. ^ a b c d 加藤謙吉「聞く所に口伝を撰び……」 -古代交通路と景戒の足跡-(小峰和明他編 2004年 82ページ)
  2. ^ 志田諄一「日本霊異記と景戒」『日本霊異記とその社会』(雄山閣、1975年)や師茂樹「「空有の論争と仏性論争との接続」『論理と歴史―東アジア仏教論理学の形成と展開』(ナカニシヤ出版、2015年)などの説
  3. ^ 水口幹記「『日本霊異記』所載の目盲説話をめぐってーその"政治的"側面について」小山聡子 編『前近代日本の病気治癒と呪術』(思文閣出版、2020年)P92-96.
  4. ^ 講談社学術文庫本、中田祝夫の訳による

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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