日産ディーゼル・R/RA
日産ディーゼル・R/RA(にっさんディーゼル・R/RA)は、民生デイゼル工業・日産ディーゼル工業(現:UDトラックス)が製造・販売していた大型路線/観光・自家用バスである。
1973年(昭和48年)に日産ディーゼル・U/UAへとモデルチェンジし、生産を終了した。
前史
[編集]民生デイゼル工業のリアエンジンバスは、1950年(昭和25年)発売のKD3型2サイクルディーゼルエンジン搭載の「コンドル」BR30/31/32型(翌年にそれぞれBR311/324/341・344へ改称)と、KD2型エンジンを搭載した「コンドルジュニア」BR20/21型から始まった。これらは富士自動車工業製のフレームレスモノコック車体で、ドライブトレインは横置きエンジン+アングルドライブである。
1955年(昭和30年)、エンジンを上下対向ピストン式のKD型から頭上弁を持つユニフロー掃気式のUD型へ変更したRF/RN系「コンドル」(Rはリアエンジン、Fは富士重工、Nは西日本車体工業の略号)と、新日国工業製フレーム付き車体を架装するRS系「イーグル」(Sは新日国の略号)を発表した。また、フレーム付リアエンジンバスRX系(Xは車体架装メーカー未指定の略号)を追加した。
1957年(昭和32年)、エアサスペンション仕様のRFA/RXA系を追加してラインナップの充実を図った。
1958年(昭和33年)、RS系「イーグル」の生産を終了した。
シリーズの概要
[編集]歴史
[編集]- 1960年(昭和35年) 民生デイゼル工業から日産ディーゼル工業へ商号を変更。従来のRF系フレームレスリヤエンジンバス(直列4気筒5リッター2サイクル UD4エンジン・165 ps搭載)を、4R系と改称。
- 1963年(昭和38年) 高出力観光用の6RF系(直列6気筒7.4リッター2サイクルUD6エンジン・230 ps搭載)を6R系に変更して発売。
- 1966年(昭和41年) 新開発の直列5気筒6.2リッター2サイクル UD5エンジン・200 psを搭載した5R(A)系を追加発売。
- 1969年(昭和44年) V型8気筒9.9リッター2サイクル UDV8Nエンジン・340 ps搭載の国鉄専用型式V8RA120登場。
- 1970年(昭和45年) 車種体系の見直しと共に、同社初の4サイクル直列6気筒10リッターエンジン PD6・185 psを搭載したPR(A)系を追加発売。フレーム付きリアエンジンバスのRX系はこの年まで並行生産された。
バリエーション
[編集]発売年次別に列記する。
型式のうち、エアサスペンション仕様車は、Rの後にAが付き、4RA、6RAなどとなる。また、末尾の数字はホイールベース(WBと略)とフロントオーバーハング寸法(中扉車は短く前扉車は長い)の区別である。
- 1960年(昭和35年)
- 4R(A)92(WB 4.65 m)、4R(A)93(WB 4.85 m)、4R(A)103(WB 5.3 m)
- 1963年(昭和38年)
- 6R(A)110(WB 5.5 m)
- 1964年(昭和39年)
- 4R110(WB 5.5 m)
- 1965年(昭和40年)
- 4R(A)82(WB 4.3 m)、4R(A)94(WB 4.75 m)、4R(A)104(WB 5.4 m) 〈4R(A)92、93、103は廃止〉
- 1966年(昭和41年)
- 5R(A)94(WB 4.75 m)、5R(A)104(WB 5.4 m)、5R(A)110(WB 5.5 m)
- 1969年(昭和44年)
- V8RA120(WB 6.45 m)
- 1970年(昭和45年)
- 4R(A)82(WB 4.3 m)、4R(A)95(WB 4.85 m)、4R(A)105(WB 5.25 m)、4R(A)106(WB 5.45 m)、4R(A)111(WB 5.65 m)
- 5R(A)95、5R(A)105、5R(A)106、5R(A)111
- 6R(A)107(WB 5.45 m)、6R(A)111
- PR(A)95、PR(A)105、PR(A)106、PR(A)111
1973年(昭和48年)に生産終了。ただし、協同バスの4R82、九十九里鉄道の4R105など、製造銘板が昭和49年製の表記となっている例が数例存在する。
車体
[編集]後継車
[編集]脚注
[編集]関連項目
[編集]- UDトラックス(旧:日産ディーゼル工業)
- 民生デイゼル工業
- ユニフロー掃気ディーゼルエンジン
- 日産ディーゼル・スペースランナーA - 後継車種(路線系)
- 日産ディーゼル・スペースアロー - 後継車種(観光・高速系)
- 国鉄専用型式