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昭和橋 (気仙川)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昭和橋(しょうわばし)は、岩手県住田町気仙川に架かる住田町道役場前線のである[1]

歴史

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岩手県住田町世田米にあり、もともとは木橋が架かっていた[2]

1933年(昭和8年)にコンクリート製の橋(上部工形式RCT桁、橋長72.94 m、全幅員4.00 m)が完成し、世田米の駅地区と川向地区を結ぶ生活道路の一部となった[1][2]

1945年(昭和20年)8月9日、釜石市を爆撃した米軍機が飛来して銃撃を受け、上流側欄干に直径約10cmの銃弾痕が残された[2]

世田米商店街と住田町役場などがある川向地区をつなぐ橋として、約90年にわたり使用されたが、気仙川流域はしばしば大雨、豪雨の洪水による浸水被害を受けており、昭和橋の径間長は9.1mで流木等が引っかかって堰き止められやすく、橋桁も洪水時には水面下に潜る状態になるとみられ、基準径間長及び橋桁の余裕の不足が指摘された[3]。そのため岩手県は架け替えを決め、地元住民の意向で親柱と銃弾痕の部分を残すことになった[2]

2022年(令和4年)11月から橋の解体が始まり[4]、翌年2023年1月には解体工事が完了した[5]。橋の完成までの間は下流側に歩行者迂回用の仮橋が架けられる[6]。新しい橋は2026年3月完成予定である[2]

脚注

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  1. ^ a b 住田町橋梁長寿命化修繕計画(個別修繕計画)” (pdf). 住田町 (2017年3月). 2022年8月19日閲覧。 ※pdf配布元は「住田町橋梁長寿命化修繕計画について」ページ。
  2. ^ a b c d e 戦争の記憶を伝える「昭和橋」、銃弾痕を保存へ」『河北新報オンラインニュース』河北新報社、2022年8月16日。2022年8月19日閲覧。
  3. ^ 住田町、大船渡土木センター住田整備事務所 (2018年9月6日). “第1回昭和橋景観検討委員会 配布資料” (pdf). 住田町、岩手県沿岸広域振興局土木部大船渡土木センター住田整備事務所. 2022年8月19日閲覧。 ※pdf配布元は岩手県公式ウェブサイト「第一回昭和橋景観検討委員会」ページ。
  4. ^ 岩手:思い出いっぱい「昭和橋」…解体前に「渡り納め会」 住田:地域ニュース」『読売新聞』読売新聞社、2022年11月5日。2023年6月11日閲覧。「住田町の気仙川にかかる「昭和橋」が河川改修に伴って解体されるため、4日に「渡り納め会」が開かれた。」
  5. ^ 昭和橋の解体完了/新橋完成は令和7年度予定」『Web東海新報』東海新報社、2023年2月5日。2023年6月11日閲覧。「架け替え工事が進む昭和橋は、現橋本体の解体が完了した。昨年11月の着工以降スムーズに工事が進んだことから1月中に作業を終え、現在は片付けが行われている。」
  6. ^ 渡り納め会で昭和橋に感謝 住田、住民別れ惜しむ」『岩手日報 IWATE NIPPO』岩手日報社、2022年11月5日。2023年6月11日閲覧。