木下直之
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人物情報 | |
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生誕 |
1954年(69 - 70歳) 日本・静岡県浜松市 |
国籍 | 日本 |
出身校 | 東京藝術大学美術学部芸術学科 |
学問 | |
研究分野 |
日本美術史 博物館学 |
研究機関 |
東京大学 神奈川大学 |
主な受賞歴 | 紫綬褒章 |
木下 直之(きのした なおゆき、1954年(昭和29年) - )は、美術史研究者。東京大学名誉教授(文化資源学)、静岡県立美術館館長、神奈川大学国際日本学部歴史民俗学科教授[1]。専門は、博物館学、美術史、写真史、見世物研究。
経歴
[編集]伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 |
- 1954年(昭和29年) - 静岡県浜松市生まれ。
- 静岡県立浜松北高等学校卒業[2]。
- 1979年(昭和54年) - 東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。
- 1981年(昭和56年) - 同大学院中途退学、兵庫県立近代美術館学芸員。
- 1991年(平成3年) - 倫雅美術奨励賞受賞。
- 1993年(平成5年)
- 『美術という見世物-油絵茶屋の時代』によりサントリー学芸賞受賞。
- 兵庫県ゆずりは賞
- 1995年(平成7年) - 兵庫県立近代美術館学芸課長。
- 1996年(平成8年) - 重森弘淹写真評論賞。
- 1997年(平成9年) - 東京大学総合研究博物館助教授。
- 1998年(平成10年) - 東京大学構内に残る明治以来の教授たちの肖像画、銅像を集大成した『博士の肖像』展を企画。
- 2000年(平成12年) - 東京大学大学院人文社会系研究科(文化資源学)助教授。
- 2001年(平成13年) ~ 2003年(平成15年) - 国立民族学博物館助教授併任。
- 2004年(平成16年) - 東京大学教授。
- 2005年(平成17年) - 静岡県文化奨励賞を受賞。
- 2008年(平成20年) - 『わたしの城下町』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
- 2015年(平成27年) - 春の褒章で紫綬褒章を受章[3]。
- 2017年(平成29年)4月1日 - 静岡県立美術館の六代目館長に就任。
- 2019年(平成30年) - 東大を定年退任、名誉教授となる。
著書
[編集]単著
[編集]- 『美術という見世物-油絵茶屋の時代』(平凡社、1993年)
- 『写真画論-写真と絵画の結婚』(岩波書店、1996年)
- 『博士の肖像』(東京大学出版会、1998年)
- 『ハリボテの町』(朝日新聞社、1996年、前半部のみ朝日文庫、1999年)
- 『世の途中から隠されていること-近代日本の記憶』(晶文社、2002年)
- 『わたしの城下町』(筑摩書房、2007年/ちくま学芸文庫、2018年)
- 『股間若衆 男の裸は芸術か』(新潮社、2012年)
- 『戦争という見世物 日清戦争祝捷大会潜入記』(ミネルヴァ書房〈叢書・知を究める〉、2013年)
- 『銅像時代 もうひとつの日本彫刻史』(岩波書店、2014年)
- 『近くても遠い場所 一八五〇年から二〇〇〇年のニッポンへ』晶文社 2016年
- 『せいきの大問題 新股間若衆』新潮社 2017年
- 『動物園巡礼』東京大学出版会 2018年
編著
[編集]- 『日本の写真家』(全40巻・別巻1)(飯沢耕太郎・長野重一共編)(岩波書店、1998年-2000年)
- 『見世物はおもしろい』(川添裕・橋爪紳也共編)(平凡社、2003年)
- 『講座日本美術史6 美術を支えるもの』(東京大学出版会、2005年)
- 『死生学4 死と死後をめぐるイメージと文化』(小佐野重利共編)(東京大学出版会、2008年)
- 『芸術の生まれる場』(編著)(東信堂、2009年)
- 『鬼がゆく 江戸の華神田祭』(福原敏男共編)(平凡社、2009年)
脚注
[編集]- ^ “木下直之 教授 - 国際日本学部”. 神奈川大学. 2022年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月4日閲覧。
- ^ “静岡県立浜松北高校 | 同級生交歓 - 文藝春秋WEB”. web.archive.org (2014年10月6日). 2023年11月12日閲覧。
- ^ “平成27年春の褒章伝達式”. 文部科学省. 2016年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月4日閲覧。