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本多助時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

本多 助時(ほんだ すけとき、生没年不詳)は、戦国時代初期の武将本多定助の子。通称平八郎内記。子に本多助豊 がいる[1]

略歴

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かつてより三河国に住み、松平泰親に仕え、しばしば戦で軍功があった。文明11年(1479年)、主君松平信光安祥城を襲う際に、大手門より攻め入り味方を鼓舞したという。延徳2年(1490年)の井田の役でも軍功を挙げた [2]

参考文献

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脚注

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  1. ^ 本多氏”. 2022年9月15日閲覧。
  2. ^ 国民図書 1922, p. 172.