東京大学誕生日研究会レイプ事件
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東京大学誕生日研究会レイプ事件(とうきょうだいがくたんじょうびけんきゅうかいレイプじけん)[1][2][3]は、2016年(平成28年)に東京大学の学生5人によって起こされた強制わいせつ・暴行事件[4][5]。著名大学の在校生が関与していたこと、また事件後に被害者の女性への中傷が相次いだことなどから、社会的に大きな注目を集めた[6][7]。
事件の経緯
[編集]2016年4月、東京大学工学部の学部・大学院に通う22歳から23歳の学生によって「東京大学誕生日研究会」と称するサークルが設立される。後に公判となったさいの検察側の冒頭陳述などによると、表向きは大学生同士の交流を図る名目だったが、実際には「女性に酒を飲ませ、わいせつ行為をする目的」で作られたサークルだった[8][9]。実際にメンバーは事件以前にも、別の女性に酒を飲ませてメンバーのマンションへ連れ込み、集団でわいせつな行為をしたことがあり、日常的に「今度はあの女でアダルトビデオを撮影しよう」などとやりとりを行っていたという[10]。
メンバーらは5月10日の夜、「女性をおもちゃにする目的」で、東京都豊島区の池袋の居酒屋で飲み会を開催[8]。同サークルのメンバーらが参加、ここへメンバーと面識があり、別大学に通っていた当時21歳の被害者女性と、さらにもう1人別の女性を呼び出した。メンバーは被害者女性に目をつけ、わざと女性が答えられないクイズを出し罰ゲームと称してむりやり酒を飲ませつづけた。被害者女性が酩酊すると、飲み会には参加していなかった別のメンバーが所有する豊島区内のマンションへ移動し、さらに酒を飲ませた[8][11]。
メンバーは意識が遠のいた被害者女性の服をはぎとって全裸にしたうえ、うずくまる女性の胸や尻を集団で触ったり体を蹴ったりしたほか、割り箸を肛門につきさす、ドライヤーの風を女性器にあてるなど繰り返し嘲弄した。もう1人の女性がこれは犯罪だと憤慨して部屋を後にするが、その後もメンバーの暴行はエスカレートし、笑いながら女性に馬乗りになる、カップラーメンの麺や汁を胸に落とすなどした[8]。
女性は号泣して大声を出したため、メンバーは騒ぎになることを恐れ、女性が逃げないよう服や鞄を隠すなどしたが、女性は制止を振り切って半裸の状態で部屋を飛び出す。メンバーは1人を部屋に残して女性を追いかけるが、女性は見つかるまえに公衆電話から警察へ通報[11][8]。巣鴨警察署がマンションへ急行し、5月11日未明、部屋に残っていた1人を逮捕した[12][8]。
公判・処分
[編集]この事件では、現場となったマンションを提供したメンバーを含め5人が逮捕され、全員が東京大学の学部・大学院に通う学生だった[13][7]。このうち被害者の女性と示談が成立したとされる2人は不起訴となったが、残る3人は強制わいせつ及び暴行の罪で起訴された[7]。
起訴されたメンバーの1人は、公判の被告人質問で、東大に入学してから「(近づいてくる女性は)個人的に私を好いてくれるのではなく、下心があって近づいている」と思うようになり、そうした女性を「軽蔑する気持ち」が生じた、と事件の動機を振り返っている[14]。また別のメンバーは、サークルなどで他大学の女子と接するうちに「彼女らはアタマが悪いからとか、バカにして、いやらしい目でばっか見るように」なった、と述べている[15]。
起訴された3人は、いずれも2016年の秋に有罪判決を受けた[10]。判決はそれぞれ、22歳の学部生が懲役1年6か月・執行猶予3年(求刑懲役1年6か月)[16]、別の22歳の学部生が懲役2年・執行猶予4年(求刑懲役2年)[17]、23歳の大学院生が懲役1年10か月・執行猶予3年(求刑懲役2年)[14]だった。
主犯格となった1人について、判決文は「犯行の態様は執拗で卑劣」と指摘し、「被害者が受けた屈辱感や恐怖感は多大であり、その身体的・精神的苦痛は耐えがたいものであると推察され (…) 学生の悪ふざけであるなどと評価することは到底できない」と述べている[18]。
東京大学は判決後、不起訴となった2人を1年間の停学、有罪判決を受けた3人を退学とする懲戒処分を発表した[19]。当時の東京大学総長だった五神真は判決を受けて出した声明で、東京大学は「さまざまな人々と協働してより良い社会を作ることに貢献する人間」の育成を理念としており、「事件における学生たちの行為と、その背後にあったと考えられる傲慢な意識」は、そのような理念に「根本的に反する」と断じている[20]。
社会的影響
[編集]この事件では、学生が逮捕された直後から「合意の上だったのでは」「男子学生が気の毒」などとする被害者女性への批判がインターネット上にあふれたとされる[21]。とくにSNS上でタレントが「お互い了承済み」「ついていく女も悪い」と投稿してから、当時のYahoo! NEWS などで女性を非難するコメントが数千件に上ったという[6]。また公判時には、学生間のレイプ事件で加害者となったエリート学生が軽微な処分となる米国の状況との類似性を指摘する論評も行われた[22]。
2018年、作家の姫野カオルコはこうした反応と事件の経緯に着想をえた小説 『彼女は頭が悪いから』を発表。この作品では、事件の報道や公判記録などを利用しながら作者の想像にもとづく創作小説として全面的に事件を再構成し、被害者・加害者双方の生い立ちにさかのぼって事件にいたるまでの歴史をたどることで、事件が起きた社会的背景と関係者の心理をさぐろうとこころみている[23]。
この小説は第32回柴田錬三郎賞を受賞し、選考委員から「平成における最も重要な本の一冊」などと高く評価されたほか[24]、東京大学や立教大学で姫野をまねいたイベントが開催されるなど大きな注目を集めた[25][26]。
2019年には、社会学者の上野千鶴子が東京大学入学式祝辞でこの事件に触れ、いまなお東京大学内に偏頗なジェンダー環境が残ることを反映した事件だったと示唆。姫野の小説をあげて、東京大学の男子学生が世間からどう見られているかをうかがわせると述べている[27]。
脚注・出典
[編集]- ^ 本項目は「レイプ事件」の名称で立項・確定されているが、日本語の文脈で「レイプ」は通常「強姦(現行法の不同意性交等)」をさす一般的な呼称と考えられ(脚注2・3を参照)、この事件では、あくまで「強制わいせつ・暴行」として判決が出されていることに留意。英語圏の報道でも sexual assault の表現が使われている。
- ^ “強姦罪の定義と罪の重さ|強姦罪の問題点と今後の見通し|ベンナビ刑事事件(旧:刑事事件弁護士ナビ)”. ベンナビ刑事事件(旧:刑事事件弁護士ナビ) (2023年11月17日). 2024年5月17日閲覧。
- ^ “性犯罪の法定刑に関する改正経過等”. 法務省. 2024年5月18日閲覧。
- ^ Murai, Shusuke (2016年9月20日). “University of Tokyo student who co-founded club for molesting women given suspended sentence” (英語). The Japan Times. 2024年2月23日閲覧。
- ^ “University students form club 'to molest women'” (英語). The Independent (2016年9月21日). 2024年2月23日閲覧。
- ^ a b “強制わいせつ被害を訴えた女性が「気をつけなきゃ」「通報するなんて男が可哀想」と貶められる日本、未だに。”. wezzy|ウェジー. 2024年2月19日閲覧。
- ^ a b c 「東大生に執行猶予付き判決 強制わいせつ事件 東京地裁」(『朝日新聞』2016.09.20)
- ^ a b c d e f 『産経新聞』2016年7月18日
- ^ “強制わいせつ東大生5人が所属“ヤリサー”の卑劣な手口 「女子大生の局部にドライヤー」”. 新潮社. 2021年2月6日閲覧。
- ^ a b INC, SANKEI DIGITAL (2016年10月27日). “【東大生強制わいせつ事件】発端は「誕生日研究会」と称するサークルだった…東大院生に有罪判決 法廷で明らかになった犯行の全容(1/3ページ)”. 産経ニュース. 2024年2月19日閲覧。
- ^ a b “【強制わいせつ・暴行】東大“鬼畜”サークルのおぞましい実態”. 東京スポーツ新聞社. 2021年2月6日閲覧。
- ^ “2016年5月11日”. クリスチャン・トゥデイ. 2024年5月15日閲覧。
- ^ “「強制わいせつ」東大生に待ち受ける罰〜勘違いエリートの末路(週刊現代) @gendai_biz”. 現代ビジネス (2016年6月8日). 2024年2月19日閲覧。
- ^ a b “「頭の悪い女子大生は“モノ”扱い」東大集団わいせつ事件、最後の一人も執行猶予付き判決(全文)”. デイリー新潮 (2016年10月26日). 2024年2月19日閲覧。
- ^ 高橋ユキ「東大生集団わいせつ事件 『頭の悪い女子大生は性的対象』という人間の屑たち」(『新潮45』2016年11月号)
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2016年9月20日). “22歳東大生に執行猶予付き有罪判決 サークル強制わいせつ「今は恥ずかしい」”. 産経ニュース. 2024年2月19日閲覧。
- ^ “ヤリサー男の呆れた女性蔑視発言「東大生への下心あると思った」”. 東スポWEB (2016年10月5日). 2024年2月19日閲覧。
- ^ 東京地裁 h28.9.20
- ^ “本年5月11日の事件に係る学生懲戒処分について”. 東京大学. 2024年2月19日閲覧。
- ^ “本学の学生が集団で起こした事件について”. 東京大学. 2024年2月19日閲覧。
- ^ “強制わいせつで東大生5人逮捕、それでも被害女性を「軽率」と責める声は狂っている”. wezzy|ウェジー. 2024年2月24日閲覧。
- ^ “The Stanford Rape Case Illustrates the Toxicity of White Male Privilege” (英語). Cosmopolitan (2016年6月7日). 2024年2月24日閲覧。
- ^ 姫野カオルコ「文庫版あとがき」(『彼女は頭が悪いから』文春文庫、2021)
- ^ 「第32回柴田錬三郎賞選評」(『彼女は頭が悪いから』文春文庫、2021)
- ^ “「姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』ブックトーク」レポート ~「モヤモヤ」とともに振り返る~ - 東大新聞オンライン”. www.todaishimbun.org (2019年2月5日). 2024年2月24日閲覧。
- ^ “なぜ「被害者」の女子大生が非難されたのか。東大生による強制わいせつ事件をテーマにした「非さわやか100%青春小説」”. KADOKAWA. 2021年2月6日閲覧。
- ^ “平成31年度東京大学学部入学式 祝辞”. 東京大学. 2021年2月6日閲覧。
関連文献
[編集]- 高橋ユキ「東大生集団わいせつ事件 『頭の悪い女子大生は性的対象』という人間の屑たち」(『新潮45』2016年11月号)
- 矢口祐人『なぜ東大は男だらけなのか』集英社新書、2024
- ジョン・クラカワー(菅野楽章訳)『ミズーラ ─ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』亜紀書房、2016 ISBN 978-4750514420
関連項目
[編集]- 彼女は頭が悪いから(事件に着想を得て2018年に書かれた小説)
- 不同意性交等罪(2023年7月施行の改正刑法で新設された罪名)
- スーパーフリー事件
- 京都大学アメフト部レイプ事件
- 慶應義塾大学広告学研究会レイプ事件
- 同志社アメフト部性的暴行事件