コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

東大田村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ひがしおおたむら
東大田村
廃止日 1955年1月10日
廃止理由 新設合併
大見村西大田村東大田村世羅町
現在の自治体 世羅町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 広島県
世羅郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 4,618
国勢調査、1950年)
隣接自治体 西大田村、大見村、東村甲山町御調郡久井町
東大田村役場
所在地 広島県世羅郡東大田村大字本郷
座標 北緯34度35分18秒 東経133度02分47秒 / 北緯34.58828度 東経133.04639度 / 34.58828; 133.04639座標: 北緯34度35分18秒 東経133度02分47秒 / 北緯34.58828度 東経133.04639度 / 34.58828; 133.04639
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

東大田村(ひがしおおたむら[1][2])は、広島県世羅郡にあった。現在の世羅郡世羅町の一部にあたる。

地理

[編集]

歴史

[編集]
  • 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、世羅郡本郷村、井折村、寺町村、三郎丸村、青山村、東神崎村、西神崎村が合併して村制施行し、東大田村が発足[1][2]
  • 1890年(明治23年)甲山警察署(現世羅警察署)東大田巡査駐在所開設[2]
  • 1911年(明治44年)東大田産業組合設立[2]
  • 1920年(大正9年)器械製糸場設置[2]
  • 1955年(昭和30年)1月10日、世羅郡大見村、西大田村と合併し、町制施行し世羅町を新設して廃止された[1][2]

地名の由来

[編集]

中世大田荘の東方に位置することから[2]

産業

[編集]
  • 農業、養蚕[2]

教育

[編集]
  • 1908年(明治41年)大字本郷に大田尋常小学校校舎新築[2]。1920年(大正9年)東大田村農業補習学校併置[2]。1926年(大正15年)東大田村青年訓練所設置[2]。1928年(昭和3年)農業補習学校内に女子部を設置[2]
  • 1923年(大正12年)大字本郷に世羅郡内1町12村学校組合立世羅中学校(現広島県立世羅高等学校)開校[2]
  • 1947年(昭和22年)大田中学校開校[2]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c 『市町村名変遷辞典』645頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『角川日本地名大辞典 34 広島県』606-607頁。

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]