東福寺 (国分寺市)
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東福寺 | |
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所在地 | 東京都国分寺市西恋ヶ窪1-39-5 |
山号 | 武野山 |
院号 | 広源院 |
宗派 | 真言宗豊山派 |
本尊 | 大日如来 |
創建年 | 鎌倉時代初期 |
中興年 | 享禄元年(1528年)【第1次】、元和7年(1621年)【第2次】、享保10年(1725年)【第3次】 |
札所等 | 多摩八十八ヶ所霊場28番札所 |
公式サイト | 【東福寺 公式】国分寺市恋ヶ窪のお寺 |
法人番号 | 1012405000358 |
東福寺(とうふくじ)は、東京都国分寺市にある真言宗豊山派の寺院。
歴史
[編集]鎌倉時代初期に開山された。その後も寺勢の起伏は激しく、1528年(享禄元年)、1621年(元和7年)、1725年(享保10年)と再興を繰り返している[1][2]。
本尊は大日如来であるが、秘仏となっている。鎌倉時代に製作されたものといわれている[1]。
夙妻太夫の悲話
[編集]当寺には、鎌倉御家人の畠山重忠と遊女の夙妻太夫の悲話が伝わっている。遊女で絶世の美女である夙妻太夫は、彼女のところに通い詰める畠山重忠と次第に深い仲になっていた。畠山重忠は平家追討のため西国に赴くことになり、夙妻太夫は重忠を待ち続けていた。ところが夙妻太夫に横恋慕していた男が「重忠は壇ノ浦で死んだ」と嘘をついた。夙妻太夫は悲嘆のあまり、姿見の池に投身自殺してしまった。村人たちは夙妻太夫を哀れに感じ、墓の側に松の木を植えて「傾城[3]の松」と名付けた。するとその松は、西へ西へと伸び、葉も一葉だけしか付いていなかったという。そのため、この松は別名「一葉松」ともいう。現在の松は三代目になる[1]。
現在、当寺は地名が「恋ヶ窪」であること、夙妻太夫の悲恋が伝えられていることから、境内に「恋の鐘」を設け、恋のパワースポットとして積極的に宣伝し、専用のサイトまで設けている[4]。
交通アクセス
[編集]- 西国分寺駅より徒歩3分。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 柴田博、相川浩子 著『武蔵野古寺巡礼(シバ巡礼シリーズ2)』シバ、1994年