植木致一
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植木 致一(うえき ちいち、1849年5月5日(嘉永2年4月13日[1]) - 1906年(明治39年)8月16日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。
経歴
[編集]丹波国氷上郡和田村(のち兵庫県氷上郡和田村→山南町、現・丹波市)生まれ[1]。1872年、豊岡県教員伝習所(のち兵庫県師範学校、現・神戸大学教育学部)卒。農業を営み[2]、和田村成章小学校教員兼校長[1]、兵庫県会議員、氷上郡蚕糸業組合長、兵庫県茶業組合会議員、和田村長、同村会議員、町村組合会議員となる[1]。
1898年3月の第5回衆議院議員総選挙において兵庫3区から自由党公認で立候補したが38票差で落選[3]。同年8月の第6回衆議院議員総選挙では憲政党公認で立候補して当選した[4]。衆議院議員を1期務めたが、1901年に議員を辞職した。1906年に死去した。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『衆議院議員列伝』山崎謙編、衆議院議員列伝発行所、1901年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。