正司泰一郎
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正司泰一郎 | |
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生年月日 | 1935年10月18日(89歳) |
出生地 | 兵庫県 |
出身校 | 甲南大学・オハイオ州立大学大学院 |
配偶者 | 正司泰子 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 1991年2月7日 - 2003年3月13日 |
当選回数 | 3回 |
正司 泰一郎(しょうじ たいいちろう、1935年(昭和10年)10月18日[1] - )は日本の元政治家。元兵庫県宝塚市長。
来歴
[編集]兵庫県に生まれる[1][2]。甲南大学経済学部を卒業し、オハイオ州立大学大学院を修了[1]。
宝塚青年会議所理事長、兵庫県議会議員を務めた[1]。1983年(昭和58年)第37回衆議院議員総選挙で兵庫県第2区から無所属で立候補したが落選した[3]。
1991年(平成3年)2月7日、宝塚市長に就任し、2003(平成15年)まで3期在任して引退した[1]。
現在は正司邸の正司家当主となっている[4]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e 『新訂 現代政治家人名事典』270頁。
- ^ “街・町・まち物語(22) 「災害列島」の都市づくりを考える=正司 泰一郎さん(元宝塚市長) | 建設ニュース”. www.constnews.com. 2022年8月1日閲覧。
- ^ 『国政選挙総覧:1947-2016』275頁。
- ^ “ローズガーデンのある国登録有形文化財 宝塚雲雀丘花屋敷 正司邸”. shojirosegarden.thyme.jp. 2022年11月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 『新訂 現代政治家人名事典:中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。
- 『国政選挙総覧:1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。
公職 | ||
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先代 友金信雄 |
宝塚市長 第5代:1991年 - 2003年 |
次代 渡部完 |