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死牛馬取得権

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

死牛馬取得権(しぎゅうばしゅとくけん)とは、江戸時代に存在した、死亡した牛馬の遺体を取得する権利のことである。処理・解体し、皮革などを生産した。斃牛馬取得権(へいぎゅうば-、たおれぎゅうば-)、草場株、旦那株などともいう。また死牛馬を集める特定の地域を「草場」ないしは「旦那場」といった[1]明治4年1871年)の「斃牛馬勝手処置令」という太政官達により廃止された[2][3][4]

概要

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江戸時代においては、穢多がこの権利を独占した。牛馬が死ぬと、持ち主の身分幕府領大名領などの支配の違いを問わず、この権利者に無償で譲渡しなければならなかった。穢多は死牛馬を加工して収入源としており、武具などに不可欠な皮革生産(軍需利権)を独占していた。穢多の上層の中には、皮革を取り扱う問屋と婚姻関係を結ぶ者もいた。

具体的なあり方は、地域によって大きな違いがある。関東などの弾左衛門支配下では、穢多は場日(ばにち)という日割りの権利としてこの取得権を持ち、実際の処理・解体は配下の非人の者が担当した。対して畿内近国では、処理・解体まで穢多が担った。これは、弾左衛門支配下の地域では非人集団が穢多の配下として編成されていたのに対し、畿内近国では穢多と非人は全くの別組織だったことに由来する。

脚注

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  1. ^ 原田伴彦『被差別部落の歴史』朝日新聞社、1973年8月、123-124頁。 
  2. ^ 本郷浩二、明治初年における斃牛馬処理制とと畜業 -兵庫の事例から”. 一般社団法人部落解放・人権研究所 (2004年11月20日). 2022年4月10日閲覧。
  3. ^ 桐村彰郎「部落解放反対一揆にみる民衆意識の諸相」『奈良法学会雑誌』第2巻第3号、奈良産業大学法学会、1989年12月、1-30頁、ISSN 0914-921XNAID 1200058477172022年4月10日閲覧  https://cir.nii.ac.jp/crid/1050564288887848704
  4. ^ 大場四千男「北海道炭鉱汽船(株)百年の経営史と経営者像(三)」『北海学園大学学園論集』第155巻、北海学園大学学術研究会、2013年3月、85-32頁、ISSN 0385-7271NAID 1200052707982022年4月10日閲覧 

関連項目

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